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Episode 10 欠けているもの

 初勤務日早々入院騒動を起こした張本人は、翌日の再検査の結果、無事に無罪放免となった。着替えを取りに一度自宅に戻り、あれこれ所用を済ませた後、セーラス本部へと急いだ。目的地は勿論、彼の上司がいる部長室である。

 タカトによる簡潔にまとめられた報告を聞きながら、イーサンは実に感慨深げに頷いていた。


「初任務ご苦労だったな。タカト。色々災難だったようだが、無事で何より」

「はい……最初から入院沙汰なんかやらかしてすみませんでした」


 イーサンに言いたいことは色々あったタカトだったが、一先ずぐっとのどの奥へと飲み込み、優先事項をさっさと済ませることにした。


「気にすることはない。近年こういった対処の手こずるケースが増えているからな。とてもではないが、普通の警察には手に負えん。――と、これは昨日の説明の続きになるが、報告書はなるべく一両日中に提出し給え。書類の場所については事務部の者に聞くといい」

「……へ〜い」


 紙の本はほぼ置いていないのに、書類の一部はアナログ方式がとられているようだ。

 タカトは引き攣った笑顔でその場を乗り切ろうとしたが、その表情から何かを察したイーサンは首を微かに傾げた。


「タカト、どうした?」

「……」

「ひょっとして〝リーコス〟のことか?」


 上司に見透かされているのに気付いた彼は、隠してても仕方がないと思い、秒も悩まず言葉として出すことに決めた。


「そうなんすよ。俺何か嫌われてそうだし、〝相棒〟とこれから先上手くやっていけるかがどうも引っかかって……」

「彼はあれが通常運転だ。君に対してだけではない」

「え!?」


 衝撃のあまりタカトはついつい大声になってしまう。はっとなって周囲を見渡したが、部長室内は自分と部屋の主以外は誰もおらず、彼はそっと胸をなでおろした。安心すると同時に、いつもの砕けた口調になってしまう。 


「マジで!? あれが普通かよ? たまげたぜ。良く今までアイツの相手の務まる奴がいたものだな」

「〝任務〟だけならプライベートまで踏み込む必要性がないからな。残念ながら直前の前任者は先日殉職してしまい、引き継ぎが出来ない状態で本当にすまない」

「……はぁ……で、その穴埋めがこの俺ってぇわけでしょ……」


 釣り上がった眉を八の字に曲げ、ゲンナリしている不良青年を横目に、彼の上司は表情一つ変えず淡々と語りだした。


「シアーシャ達からも聞いたと思うが、ディーンは文字通り〝一匹狼〟タイプだ。別に悪い人間ではない。ただ、人を寄せ付けない壁を作る男だ。プライベートに関わるから詳細は話せないが、彼は訳あってうちにいる。数少ない初期メンバーの一人と言っても良い」

「初期……!?」

「〝セーラス〟は元々個人的に活動していたから、その期間を加えると今年で十年目位になる。正式な組織としてなら、ようやく六年目というところだ。彼はハイスクールを卒業してすぐうちに来た。あれは確か政府から認可が降りたばかりの頃だったね。あの時は、まだ〝もの静かで一人を好むタイプ〟という位だったかな。今ほど人を全く寄せ付けない雰囲気まではなかったのだよ」


(ハイスクールを出てそれからずっとここに!? ということは、現在は二十三か二十四位か)


 思いも寄らないことに、タカトは言葉が出てこなかった。彼は己とほぼ同じ年齢なのに、この組織内では初期からの構成員だなんて、にわかには信じがたい。


(今まで彼に一体何があったんだ? あれは単なる人嫌いレベルを超えているぜ……)


「はあ……」

「ここは勤務内容的に、どうしても命に関わることが多い。これまで何人ものエージェント達が殉職している。元々個別に活動していたこともあって、組織として発足したばかりの頃は一人で対処させることが多かった。勿論、人員的な都合もあったのだがね」


 昔を思い出しているのか、イーサンはどこか懐かしむような目をしている。その瞳にはどこか痛みを押し殺しているような色がちらついていた。彼は執行部という実戦部門の責任者であるため、前線に出ることが少ない。その分、今まで起きたこと、部下であるエージェント達がなすこと全てに責任を負わねばならないのだ。


「しかし、人間一人では限界がある。そこで二人で組み、協力することによって対応可能な範囲を広げたらと見直され、それが今に至るわけだ。勿論、必要に応じて他のエージェントからの援助を受けることも出来る」

「なるほどねぇ……」

「彼は有能だ。そのため、任される仕事はかなり危険な案件が多い。ただ、彼にも欠けているものがあるから、それを君に補ってもらいたいのだよ」


 (それって、新任の俺にはいくらなんでもハイリスキー過ぎじゃねぇ? )


 という突っ込みが、針頭の脳裏で蜂のように飛び回った。生命を天秤にかけるとは良く言ったものである。表情には出さないが、背中は冷や汗だらけで、シャツが湿っている。


「それ……この俺に出来るんすか?」

「私は、君にはそれが出来ると思う。君なら能力的にも問題ないだろうと、シアーシャやドウェインから先に報告を受けた。あの二人が称賛しているのなら特に問題はないだろう。それにあの〝エフティヒア〟が選んだのだ。君達は息があっているという証拠だ」


 (あのAI血迷ってるか暴走してんじゃねぇのか? あれのどこが相性抜群だよ!

 まともなコミュニケーションも上手く取れねぇというのに、みんな節穴の目してんじゃねぇよ!! )


 という、胸中にあふれる苛立ちの波が止まない。だが言ってもどうにもならなそうなので、腹の奥底にぐぐっと押し込んだ。勿論、表情には一切出してない。


「補完……っすか……」

「ああ。完全な人間なんてどこにも存在しない。何かしら欠けている部分があるというものだ。足りない部分は補い合えば良い。君にとってはかなりリスクの高いことを依頼しているのは重々承知の上だ。すまないが私の顔に免じて、頑張ってくれないだろうか?」

「了解しました。出来る限り頑張ってみます」


 依頼の形をとってあるが、これは命令である。

 上司からの命令は絶対服従だ。

 タカトに拒否権は与えられていないも同然だった。


(ったく買いかぶり過ぎだぜぇ。 この俺だって万能じゃねぇんだぞ!? 最初っから不安要素満載だなあオイ……)


 部長室を出たあと、天井を仰ぎ見たタカトは、いらいらとあてもなく燃えさかる火のような熱と不安な気持ちをもて遊んでいた。


(……あー分かったよ!! やりゃあ良いんだろぉやりゃあ!! )


 彼は足元に置いてある段ボールを思いっきり蹴飛ばそうと思い、思わず踏み止まる。そして、前日のシアーシャとのやり取りを思い出していた。


 ――少し慣れてきたら、〝リーコス〟から色々話を聞くと良いさ――

 ――ぜってー無理だと思う。賭けたって良いぜ! ――

 ――……まぁまぁ、そう言わずに。彼、周囲に壁を作るタイプだけど、恐らく、一度心を許した相手にはガードが緩むタイプなんだよね――

 ――どーしてそうなる!? ――

 ――先輩から忠告するけど、相棒同士は互いを良く知ることも仕事のうち。あたしだって〝ディアボロス〟と一緒に組んで三年位になるけど、案外何とかなったものさ。そりゃあ最初は大変だった。何考えてるのか良く分からなかったし。だから、君も頑張って距離を縮めるよう努力すべし!! ――

 ――マジかよ~……めんどくせぇなぁ……――

 ――ほらほら。イーサンだけでなく、あたしも期待してるからさ! 頑張りな! 〝レオン〟――


 一生来なくてもいい、そういうの――と、言えるものなら言いたいが、現実も職場も許してくれそうにない。俺に人権って存在したっけ? と、つい馬鹿みたいな問いを脳内で幾度も繰り返してしまう。

 やがて、その波が静かに引いていった後、ふと思い付いた。


(どうやってコミュニケーションをとっていくようにすべきか……という問題が壁だな。あのカタブツ、真面目そうだし、共通話題なんてあるのだろうか? )


 自分一人で抱え込まず、誰かの手をかりたって良いはずである。彼はこれまでもそれでずっと乗り切ってきた。


(細かいことぐちゃぐちゃ気にしてもしょーがねぇ。まずは周囲の人間にサーチして情報集めてみっか! 事務部のアイツに聞いてみよっ。呑みの約束してるし、そのついでってことで)


 不良青年はタレ目の金髪頭のことを思い出すと、下がっていた機嫌が一気に急上昇した。


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