あれ?
俺って、一体どうなったんだ?
あのムカデモドキの一撃をマトモに食らったみてぇだし、ひょっとして、俗に言う 〝あの世〟 に行っちまったとか?
おいおいおい。それって、いくらなんでも早すぎねぇか?
ここに着任してまだ初日だぜ、おい。
……ん? 誰かがいる気配がする。
向こうに見えるのは誰だ?
誰かがこちらに向かって手を振っている。
あれは一体誰だ?
顔は記憶にないが、どこかで会ったことがある……ような気もする……全然自信ねぇけど。
ヘムズワースさんでもねぇし、一体誰だろう?
◇◆◇◆◇◆
タカトがふと目が覚めると、灰色の天井が見えた。
純白な枕に、シミ一つないシーツ。
薬臭い匂いが周囲に充満しているが、空気は清浄な方だと思う。
どう見ても、おもちゃ箱をひっくり返したような自室ではない。
試しに頬をつまんでみたら、普通に痛かった。
(勢い余ってうっかり天国まで来ちまったかと思ったが……流石にそれは許してもらえなかったという訳だ)
身体を起こしてみると、頭にずきりと指すような痛みが走った。額に手をやると、どうやら包帯が巻いてあるようだ。よく見ると、あちこち擦り傷もある。手足を動かしてみたが、特に異常はなさそうだ。
見たところ、自分が寝かされていた部屋は、どうやら病室のようである。
自分以外は誰もいないので、聞こえるのは時計の秒針の音位だ。
どういった経緯で現在自分が病院のベッドの上にいるのか、頭の中で整理していると、背後から突然聞き覚えのない声が聞こえた。
「君がディーンの新しい相棒か。今度は随分と威勢の良さそうな奴を迎えたものだな」
「おわ――っ!? だ……誰だ!?」
先程まで自分一人だったところへ突然現れた人影に、タカトの心臓は身体を突き破りそうになった。思わずベッドから転がり落ちそうになる。その声の主の肉体は目で視えるのだが、壁が妙に透けていた。
(まさか、
そして、それはあっという間に実体化していった。
現れたのは、紫色のフード付きのパーカーと白いスラックスを身に着けた、長身の青年だった。ぱっと見背丈は百八十三センチメートルの自分と同等か若干高そうだ。フードを目深に被っており、口元は横一文字に結ばれている。
すると、今度はどこか色っぽい声が流れ込んできた。ブルージュカラーのかきあげた前髪をセンター分けにした、ハンサムショートの黒いパンツルックの美女が、青年の背後に控えていたのだ。ややタレ気味の二重まぶたに焔色の瞳と濃紺色の上着を着たその佇まいは、どこかアンニュイな雰囲気を醸し出している。
「ちょっと、ドウェイン。もう敵はいないんだし、ここは病院なんだからさ。いい加減フードを外したらどう?」
「ああ……そうだな」
「突然心臓を潰すマネは止めてくれ……と言うか、あんたらノック位してくれよ、オイ」
着任早々心臓発作を起こさせられては、たまったものではない。
青年がフードを外すと、ニュアンスパーマの入ったワンレングスショートの銀髪と、空色に輝く眼光の鋭い顔があらわれた。体格はまあまあ良く、顔立ちは割と整っており、アイドルと勘違いされそうである。しかし、醸し出される雰囲気のせいだろうか。熱を感じず、精巧な人形に見えるディーンとは異なり、こちらはきちんと人間に見えるから、不思議なものである。
「それは失礼した。俺はセーラスの執行部所属、ドウェイン・クルーズだ」
「ふふ。驚かせて悪かったね。彼は新人が来るといつもこうなのさ。反応を見るのが楽しいんだって。ちょっとお茶目だろう?」
それの一体どこがお茶目なのか、理解不能なタカトは口をあんぐりと開けたままで言葉が出てこない。ドッドッドッドッと暴れる拍動が静まらず、胸が痛い。
「相方であるあたしの顔に免じて許してやって欲しい。〝ディアボロス〟は光学迷彩を操るのが得意なのさ」
「光学迷彩……ということは透明化かよ!? あんたすっげぇな!!」
「あたしは彼と同じく、執行部所属の〝スコルピオス〟ことシアーシャ・リーブス。どうぞ宜しく。新人君」
彼女はウインクしながら艶っぽく赤い唇に弧を描いた。唇の左下には、小さなほくろがあり、ちょっと危険な匂いがする。
美しい薔薇には棘があるとは良く言ったものだが、彼女の場合は「サソリの毒針」といったところか。
何故か背中がぴりぴりする感じがして、タカトは思わずぼりぼりとかき始めた。
ただの自己紹介をしているはずなのに、尋問を受けているような感じがするのは、気のせいだろうか。
「……あんたらぜってぇ敵に回したくねぇな」
「あらぁそぅお? ありがと」
「いや、俺全……っっ然褒めてねぇって」
シアーシャは目を細め、にやりと口元に笑みを浮かべた。
「ふふふ。タカト、だったかな? 君も着任早々、苦労が絶えなさそうだね」
「いや……その……」
流石に言いにくかったのか、つい言葉を濁した入院患者に対し、シアーシャと名乗った美女は意外なことを口にした。
「ディーンも別に、君をないがしろにしている訳ではないのさ。落下途中で気絶した君を助け、ここに連絡して運び込んだのは、一体誰だと思う?」
「え……?」
「あの高度からまともに落ちてあのまま放置だったのなら、間違いなく君は今ここにはいない。そういうことさ」
(あのカタブツが俺を……? )
タカトは相棒の姿をふと頭に思い描いた。体温を感じない冷たい銀色の瞳。標的に向かって拳銃を発砲し続ける、非情で感情の分からない顔。まさか自分を助けてくれたのは彼だったとは。普段の機械のような固い雰囲気からは想像すら出来ず、にわかには信じられなかった。いずれにせよ、意識のない間中に起きた出来事である。彼には後で礼を言えば良いだろうと、話題をさっさと流そうとしたが、そうは問屋が卸さなかった。
「彼は超マイペースな上に不器用さんだから、理解するのはちょ〜っと大変かもね。まぁでも君達、多分大丈夫だと思う」
「おいおい。一体どこが〝大丈夫〟なんだ? その理由不明な自信は一体どこから……?」
タカトは怖いもの見たさもあって恐る恐る尋ねてみると、シアーシャは容赦なく爆弾を投下した。
「今回のミッションで二人とも息がピッタリだったからだよ。実を言うとあたし達、ミッションスタートからコンプリートするまで、影からずっと見ていたんだけどさ」