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Episode 1 新人エージェント

 それは、季節が少し早めの春を迎えた頃。

 ルラキス星の主要都市、アストゥロ市に存在する特別管理派遣組織「セーラス」に新しく配属された新人エージェントは、見るからに派手な出で立ちだった。


 これでもかと針のように頭髪を立てた、スパイラルスパイキーショートスタイルの茶髪。年は二十代前半。身長は百八十センチメートルを少し越えている位。怒り肩に濃い眉毛、顎は形がよく、意思の強そうな二重のアーモンドアイに、翡翠色の瞳が形良く収まっている。更に、そこにはこちらが親近感さえ抱くような笑顔が張り付いていたが、どこか不遜な印象を受けた。


 その新人は赤い上着、白のTシャツ、緑のスラックスを身に着けており、両手には黒いオープンフィンガーグローブをはめていた。ダークカラーを身にまとうものが多いこの部署内では完全に浮いている。


 その上、彼に与えられたコードネームは「レオン獅子」──由来は明らかに彼の特徴とも言える髪型から来たのではないかと、部署にいる誰もが思った。この組織内で一部ざわついている者達は多数いるが、言うまでもなく大半は女性社員である。


「タカト・レッドフォードだ。上層部からの要請により、今日付けでここの〝執行部〟の配属となった。これから世話になるぜ。よろしくな」


 この「セーラス」は、この星に住む者達の平和を守るために存在している。警察と似たような立ち位置だが、主に人間を取り扱う警察組織とは別管轄である。その職務柄、国家公務員と似たような立場だ。珍しく髪型や服装に規定はなく、私服も認められているのだが、良識の範囲というものがあるだろう。当然、内部に眉をひそめる者達も複数人ほどいた。


 タカトは自分に向かって歩いてくる人物の存在を認めると、瞬きをした。相手は中肉中背で前髪を七三分けにした、中年男性である。彼はかつて存在したチキュウにあったとされる国「ニホン」の「カイシャイン」と似たような風貌だった。


「私は事務部所属のマークだ。君が今日からここに着任となったレッドフォード君か。話は部長から聞いている」

「はい」

「君がここにいるということは、事務手続きはほぼ終わっているということだね。それでは早速だが今から三十分後までに『分析室』に向かってくれないか。そこで面接の続きを行う。それが終わったら部長室に行ってくれ。任務の詳細などは後で彼に聞けば教えてくれるだろう」

「……了解っす」


 この新人に対してさほど印象を受けないのか単に気にならないのか、事務部所属の男は眉一つ動かさず指示を出した。


 通路を歩いていると、見覚えのある後ろ姿が視界に入った。ハニーブラウンの短髪を見ると、しばらく封印されていた懐かしさがこみ上げてきて、胸が温かくなってくる。

 タカトは口元を三日月型に歪め、自分の目の前を歩くダークスーツを着た人物の背中を、突然後ろから勢いよくばんばんと叩いた。


「お!! 見覚えのある背格好と思いきや、ガイスじゃねぇか! 元気にしてたか!?」

「……! その声は……タカト!? お前一体どうしてここに!?」


 〝ガイス〟と呼ばれた男はタレ目を大きく見開いた後、人の良さそうな笑顔を見せた。首からヒモでぶら下げている職員証には「事務部」と明記してある。彼はタカトとは異なる部署の人間らしい。


「今日からここで働けって上から要請が入った。つーわけで、これからよろしくな!」

「ああ。〝セーラス〟に新人が来ると話に聞いていたが、まさかお前のこととは思わなかったよ。まぁ再会を祝して、近い内にどこか飲みに行こうぜ」

「おう、そりゃあ良いな。ところでよ、分析室って、この方向で良かったか?」

「……ああ、あそこか。そのまま真っ直ぐに行って右に曲がって突き当りを左に曲がったところにある」

「サンキューな。じゃあまた!」


 右手をひらひらと動かし、目的地へと向かうタカトの背中を眺めつつ、彼の古き友人は小さなため息をついた。


「……よりによってセーラス〝執行部〟のエージェントだなんて……」


 タカトは旧友による自身へと送られる憂慮の視線など、気付きようもなかった。


 ◇◆◇◆◇◆ 


 タカトが分析室の中に入ると、中に人影はなかった。扉が静かにしまった途端、カチャリと音がした。どうやら自動的にロックされるシステムのようである。


 その部屋の中央あたりに、一台の机と椅子がぽつんと置いてあった。壁には大型画面が貼り付くように組み込まれてあり、周囲には本棚が置いてあった。中には専門書など、ハードカバータイプな鈍器レベルの書籍があった。それらは大変貴重なものだ。ルラキスのどの施設でも紙の本そのものはほぼ存在せず、電子書籍がデータとしてストックされている状態なのだ。よって、この部屋内に保存してあるアナログタイプの本はこの星では大変珍しく、もはや古跡レベルと言っても良い。

 防音設備が整備されているせいか、この部屋の外からは一切音が入って来ないようで、静寂だけが漂っている。


「何かケーサツの取調室みてぇな部屋だなぁオイ……まぁ、〝面接〟だから、ある意味似たようなものか。で、俺はこの椅子に座って待てば良いってヤツ?」


 タカトはその肘掛け椅子にどかりと腰掛けると、右足を左足の上に乗せるような感じで組んだ。

 すると、目の前でカチリ、ピピピピッと、何かが作動する音が聞こえてくる。


 ブーンと虫が羽ばたくような音がしたと思ったら、空間にパネルと思われる緑色の枠だけが浮かび上がってきた。どうやらディスプレイのようだ。

 すると、どこかにあるスピーカーから色気のない無機質な女性の声が聞こえてきた。恐らくAIだろう。この星にある職場において、新人採用時の面接は、どこもAIに判断を全て任せている。


『こちらはセーラス〝執行部〟の初期登録システムです。応答してください』

「俺はここにいるぜ。先程からな」

『お名前の入力をどうぞ』

「タカト・レッドフォードだ」

『声紋登録と共に、名前入力を完了しました。次は身分照会用のため、虹彩認証と静脈認証を行います。今から指示しますので、まずは視線と右手首を所定の位置にあわせて下さい』

「ん? 面接の続きじゃねぇのか?」

『質問は後でお答えします』

「あっそ。了解っと」


 タカトはさっさと終わらせようと思い、指示に大人しく従った。機械音だけが室内に響き渡って三分ほど過ぎていった頃、AIの声が再び喋りだした。


『……以上で初期登録は完了しました。では、次にいくつか質問致しますので、設問に対し全てお答え下さい』


 目の前に並んでいる緑色の羅列の数を見た途端、この不良青年は顔から血の気が引いていくのを感じた。


「え? 五十問もあるのか!! 質問ってそんなにたくさんあんのかよ……たりぃなぁ……」

『質問に全てお答え出来ないと、この部屋から退出出来ません』

「脅しかよぉ。尋問じゃあるめぇし、何か罰ゲームみてぇだな」

『お答え下さい』

「分かったよ……やりゃあ良いんだろ……」


 うんざりとした顔をしながら、不良青年はディスプレイに浮かび上がる緑色の文字に向かって渋々解答し始めた。


 タカトがこの「面接」に時間を要する間、この世界の説明を次のページでしておこう。


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