あれから、半年ほど経った。
店長が運転する営業車に同乗し、私は数名の正社員スタッフさんたちと依頼先へ向かっている。一月末頃にようやく見つけた、リサイクルショップのアルバイトの仕事だ。そろそろ勤続三ヶ月、業務にもだいぶ慣れてきた。働きが良ければ正社員登用あり、の条件で雇ってもらいはしたけれど、手応えはまだわからない。わかるほど周りが見えているわけでもない。ただ、とりあえず、解雇されそうな気配も今のところはない。その点だけでも、ITエンジニア――人の世界での前職よりは、自分に合っていそうに思える。
やがて車は、一軒の家の前に止まった。孤独死した六十代くらいの男性の家を、ご親族の依頼で整理するのが今日のお仕事だ。
依頼者さんにご挨拶して玄関を入ると、下駄箱に置かれた一輪挿しに枯枝が差さっていて、干からびた桜の花びらが周りに散っていた。一人暮らしには少し立派過ぎるキッチンには、汚れた食器や野菜くずが溜まっていたけれど、インスタント食品やカップ麺の容器は見当たらない。そしてテーブルの上では、花瓶の中で菜の花が枯れていた。
もしも今、まな板や包丁、花瓶たちの声が聞こえたなら、みんな何を話してくれるんだろう――そう思ってしまうのは、たぶん私だけだろうと思う。正社員スタッフさんたちは、室内に向かって手を合わせて一礼すると、食器や小物類を手早く片付け始めた。
心の中だけで、私は部屋の中へそっと呼びかける。
(ご主人さん、今はきちんと弔っていただいてます。だから、心配しないでね)
私は店長と一緒に、二階へ向かった。寝室は階下よりずっと物が多くて、山積みの服や雑誌に埋もれるようにして、パソコンやプリンターが置かれていた。
「藤森さん。これお願い」
促されて、パソコンの前に立つ。
故人の記憶と軌跡とが、いっぱいに詰まった機械。だからといって、記録内容を勝手に誰かに渡すわけにはいかない。プライベートなあれこれが満載されたデータを、他人に覗き見られることなんて誰も望んでいないだろう。詰まった想いは、持って行けない。
けれど。
「それ、どんな感じ?」
尋ねてくる店長に、外見からの所見を返す。
「わりと最近のモデルですね。海外メーカーの安めのやつです。これだったら分解してパーツを取るよりも、そのまま中古業者に引き取ってもらった方がよさそうですよ」
「そうなんだね、ありがとう。うち、パソコン系詳しい人がこれまでいなくてさあ、藤森さんが来てくれてほんと助かるわあ」
店長が喜んでくれるのはありがたい。一応、前職での知識も役には立っている。必要としてもらえるのは嬉しいし、このままがんばれば正社員昇格もあるかもしれない。
目の前の、少しばかり埃をかぶった白い箱に、そっと手を触れる。
(いままでお勤めありがとうね。ご主人さんは、ちゃんと旅立ったから……次の人のところでも、がんばってね)
パソコンは何も言わない。黒い泥を吐き出すことも、今はない。寂しいのかそうでないのかも、わからない。ただの人間でしかない私の声が、届いているかどうかも自信がない。
けれど、こうして。物に宿る想いを、できるだけ無駄にしないようにすること……できる範囲で、次に繋いでいけるようにすること。九十九年は無理でも、少しでも長く世に留めてあげること。役目を終えるときに、ちゃんとやりきったんだと納得して眠ってもらうこと。
それが今、私にできることなんだと思う。