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双子妖狐の珈琲処
五色ひいらぎ
現代ファンタジー都市ファンタジー
2024年11月03日
公開日
97,787文字
完結
藤森七葉(ふじもりなのは)、22歳。IT系企業に新卒入社し働いていたが、思うように仕事ができず試用期間で解雇される。
傷心の七葉は、行きつけの喫茶店「アルカナム」を訪れ、兄弟店員「空木蓮司(うつぎれんじ)」「空木壮華(うつぎそうか)」に愚痴を聞いてもらう。

だが憩いの時間の途中、妹の藤森梢(ふじもりこずえ)から、両親と共に七葉の自室を掃除しているとの連絡が入った。駆けつけてみると、物であふれた七葉の部屋を両親が勝手に片付けていた。勝手に私物を処分された七葉は両親に怒りをぶつけるが、その時、黒い泥状の謎の存在「影」が現れ、両親を呑み込んでしまった。七葉たちも襲われかけるが、駆けつけた蓮司と壮華に救われる。

蓮司と壮華は実は人間ではなく、妖力を持った「妖狐」の兄弟であった。

自室に住めなくなった七葉は当面、「影」から身を護るためも兼ねて、住み込みの形で「妖怪喫茶」アルカナムで働くことになる――


「影」の正体とは、そして七葉と蓮司の関係の行方は。
あやかし集う喫茶店での、不可思議な日々が始まる。

※毎日17:11更新。2024/12/06公開予定の最終話まで投稿予約済です。
※表紙イラストは、にんにく様(X: Nin29G )に描いていただきました。

涙の退職

 駅のトイレで鏡を見れば、ファンデーションはすっかりはげ落ちていた。涙の通った跡が筋になって、滲んだアイシャドウも一緒に流れて落ちている。これならすっぴんの方がよっぽどましだ。ボブカットはぼさぼさに乱れてるし、紺のスーツは涙の跡で襟元が汚れていた。こんな恰好でずっと電車に乗ってきたのかと思うと、情けなくてまた泣きそうになる。最終出社日だからって気合を入れたのが、すっかり裏目に出た。勤続たった半年、今日から見事に無職の身。

 はあ、と息をひとつ吐いて、鞄を開ける。引き取ってきた私物と、退職関連の書類とに埋もれたスマホを取り出すと、いつのまにかショートメールの着信があった。妹からだった。


七葉なのは姉、調子どう? 最近こっち来ないけど、たまには顔見せてよ。こずえ


 そうだね、確かに最近実家には帰ってない。行く用事もなかったし、毎日残業続きだったし。……仕事は、今日からなくなっちゃったけど。

 今の状況、父さんと母さんにはどう説明すればいいんだろう。梢にだけはそれとなく伝えてあるけど、二人に知られたら何を言われるか……父さんの怒鳴り声と、母さんの溜息まじりの呆れ声が、勝手に頭の中に響いてくる。

 ああ、皆のいないところへ行きたい。何を言っても、どれだけ愚痴っても、みっともなく泣いても、黙って聞いてくれるところへ行きたい。

 幸いにも、心当たりはある。不定休の頻度が高めだから、今日開いてるかどうかは運だけども。

 指先が勝手にショートメールを閉じて、スマホの通話履歴を開く。いくつも並ぶ同じ登録名――『アルカナム』をタップすると、数回の呼び出し音の後、電話は繋がった。よかった、今日は開いてるらしい。


「……お世話になっております」


 聞きなれた、低めの落ち着いた声。黒いもやが詰まっていた胸の奥が、すうっと落ち着いていく感じがする。


「喫茶アルカナム、空木蓮司うつぎれんじが承ります」

「私だよ。藤森七葉ふじもりなのは……今日、何時まで営業してる? 今から行っても大丈夫?」


 溜息めいたかすかな音の後、返事があった。


「声に力がないな。また、仕事で何かあったのか」

「蓮司くんはすっかりお見通しだね。でも仕事の話は、今日で最後だと思う」

「……最後?」

「先月、大泣きした時あったよね。来月いっぱいでクビになっちゃう、って。それで――」

「……そうか」


 電話越しの言葉が、挽きたてコーヒーの香りと温度を運んでくるようで、油断するとまた泣きそうになる。だめだよ堪えなきゃ、アルカナムに着くまでは。


「……今日は、ちゃんと二十時まで開けてる。あんたが来るなら、早じまいもしない……が」

「どうしたの」

「今日は月の光が弱い。闇に呑まれないよう気をつけろ……じゃあな、待ってる」


 電話が切れた。スマホを耳から離すと、トイレの外で行き交う人々のざわめきが、騒がしく耳へ入りこんでくる。金曜夜の晴れやかな空気が、今はひどく毒だ。耐えられなくなる前に、行かないと。

 書類と私物でぎゅうぎゅうの鞄を抱えて、私は、騒がしいエキナカの地下街へ一歩を踏み出した。

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