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第三十四話 ミルカの思い出

 セレナを連れたアーサーがアモイ山にある家に辿り着いた時は、既に日がとっぷりと暮れ、外は真っ暗になっていた。


「そこで座っててくれ。ちょっと待ってろよ」


 セレナをテーブルの席につかせた途端、アーサーは颯爽と台所へと姿を消した。


 しばらくすると、アーサーは盆を片手に台所から出てきた。

 セレナが座るテーブルの上に、湯気が立つ器と匙とカップが乗った盆が置かれる。

 彼女は目を大きく見開いた。

 美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐり、胃袋がきゅっと締め付けてくる。そう言えば、今日は昼食を食べそこねていたことを改めて思い出していた。


「これは……」 

「ミルカだ。今朝丁度鶏の骨を煮出したスープを仕込んでおいたんだ。卵を多めに入れている。ゆっくり食べるといい」

「ありがとう……いただきます」


 透明なスープは曇り一つない。じっくりと良く煮込まれた鶏肉や根菜類は柔らかく、口の中でほどけるようにほろほろと崩れてくる。

 一口一口ゆっくりと匙を口へと運び、器が空になる頃には、身体中が温まり、心の荒波も静まっていた。


「アーサー。あなたお料理上手ね。とっても美味しかったわ。ありがとう」

「一人暮らしを始めてから必要にかられてするようになったら、いつの間にか趣味になっちまった。口にあったようで良かった」 


 それから、他愛無い会話が少し続いた。

 十二歳で学校を卒業した後何をしていたか、どこにいたか、などなど、話すときりがなかった。

 昔アーサーは赤褐色の髪の毛を持つセレナを「にんじんみたいだな!」としょっちゅうからかっていたのだ。彼女は途中引っ越ししたため、それ以降の接点はなかったのだが……。


「あの時はすまなかった。ガキの出来心というやつだ。悪気は全くなかったんだ」 

「昔のことだから大丈夫よ。今回助けてくれたことで帳消しにしてあげるわ」


 セレナの表情が少し緩んだところで、後頭部をぼりぼりとかいていたアーサーは話題を変えた。


「セレナ。落ち着くまで、君はここにいても構わない。うちは四・五人は住めるような家だ。俺一人では使わない部屋も多い。君さえ良ければ好きな部屋を使ってくれ。台所も浴室も好きに使っていいから」

「……ありがとう……何もかも……」

「気にせんでくれ。今日は色々あって疲れただろうから、早目に寝ろよ。後のことは明日以降にすればいい。明日は俺仕事は特に入ってないから、片付けを手伝うぞ」


 そう言ったアーサーは、白い歯を見せて微笑んで見せた。

 その時セレナの中で、何かが弾けた音がした。


 それから住んでいた家は一通り片付けた後(修理したところで使い物にならず、ほとんど捨てるだけだったが)、部屋を一旦引き払うことにして、セレナはアーサーの家でしばらく一緒に住むことにした。

 彼は力仕事のみならず、彼女に害が及ばぬよう常に気にかけた。それから自分の身は自分で守れるよう、武術を少しずつ教えていったのだ。


 それから二年。あっという間に時は過ぎ去っていき、現在に至る──

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