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第三十三話 思わぬ再会

──あれは今から二年位前のころ

 セレナは背中に竹製の籠を背負い、山に出かけていた。

 薬を調合するために原料となる薬草を摘みに行くためだ。

 薬草が余分に採れた時には乾燥させて、保存用の瓶に入れているのだが、それすらも使い切ってしまったものが出てきたのだ。


 早めに対処するに越したことはない。


 草木をかき分けては薬草を探し、必要な薬草を摘み取っては籠に放り込み、山の中を歩き回った。

 ある程度集めた後、住んでいる家に帰ることにした。 


 この時、セレナはコルアイヌ王国の中心都市であるダヴァンに一人で住んでいた。両親は存命だが、コルアイヌ国内でもダヴァンから遠く離れた小さな村に住んでいる。医術の勉強をしたかった彼女は住み込みで学ぶために一人実家を出て、ダヴァンに来たのだった。医術師の元で必死に学び知識や技術を修めた後、そのままダヴァンに残っていた。 


 その日、セレナが家に帰り着いた頃、空は太陽が沈みかけ、藍色の暗幕が降りかけていた。


 家の様子が、何かおかしい。


 鍵が壊され戸が破られ、カーテンが引き裂かれているのだ。


 (……強盗……? )


 床は泥だらけで、足跡があちこちついていた。

 窓に飾ってあったチューリップの鉢が落ちて真っ二つになっている。

 中がどうなってるのか心配になったものの、変に姿を表すと何をされるか分からない。 

 彼女は足音を立てぬようにそっと足を動かしたその時、運悪くぎしりと音を立ててしまった。


「……!!」

「……誰だ? 」


 軋む音に気付いたのか、家の奥から四・五人の男達がのそのそと姿を表した。

 彼らは大柄で、上着やズボンのあちこち擦り切れており、明らかに人相が悪そうである。その内一番前にいて、葉巻を加えていた男が口を開いた。


「……誰かと思ったら小娘か。ひょっとして家主か? 見付かったなら仕方ねぇ。口を封じるしかねぇな」


 額に布を巻いた男が、その場から逃げようとしたセレナの細腕をむずと掴む。

 彼女は身をよじったが、無駄骨だった。

 男はその小さな顎を掴み、仰のかせる。


「痛っ! やめて!」

「……こいつは中々の上玉じゃねぇか。ただ殺しちまうには勿体ねぇ。存分に楽しませてもらってからにするか」

「きゃあっ!!」


 セレナは何とかしてその魔の手から逃れようとしたが、屈強な男達によって家の奥へと引きずり込まれた。

 その弾みで籠が転がり、蹴飛ばされて床に中身がぶちまけられた。

 周囲に青臭い匂いが広がる。

 髪結がほどけ、赤褐色の髪が床の上に激しく波打った。


「離して! いやあああっ!!」

「……どんなに叫んだって誰も来ねぇよお嬢ちゃん」

「大人しくした方が痛い思いをせずにすむ。お前さんだって、気持ちいい方が良いだろう?」


 セレナの小柄な身体を床に押し倒し、鈍く開く刃物を雪のように白いその頬に押し当てて来た。

 ぴたぴたと音を立てたそれは、凍りつきそうな位に冷たかった。恐怖で目元に涙が溢れてくる。


「へっへっへっ……若い娘は甘い匂いがして良いな。いきがいいのは嫌いじゃないが、動かない方が良いぜお嬢ちゃん。少しでも動くと可愛い顔が傷物になる」

「ん──っ! ん──っ!!」 

「悪いがもう少しイイ声を聞けるまでは、黙っててもらうぜ」


 男達は鼻息が荒い。

 まだ男を知らなそうなうら若き娘の花を、その手で散らそうとイカれた妄想をし、勝手に興奮しているのだろう。 

 舌なめずりをする音が耳元に響き、セレナの全身に鳥肌が立った。

 両腕は別の男によって押さえつけられ、口を布で塞がれ、顔にはナイフを押し当てられて、生きた心地がしなかった。


 (怖い……!! )


「そんなに怯えなくても良いじゃねぇか。存分に可愛がってやるから俺達と楽しもうぜ。一人ずつ順番にな……」


 彼女は唯一自由に動ける足をバタつかせていたが、上からのしかかられ、完全に身動きが取れなくなった。


 (誰か……助けて……!! )


 馬乗りになった男が、セレナの上着をボタンごと引きちぎろうとを手をかけたその時、低い声が刺すように割り込んできた。


「いい年した野郎が女性相手に一体何をしている?」

「なんだと? ……ぐえっ!!」


 鈍い音がした途端、セレナの上にのしかかっていた巨体があっという間に吹き飛ばされ、壊された戸に叩きつけられる。

 その真横にナイフがざくりと突き刺さった。

 びぃいいい……んと、振動が鳴り響いている。

 その男は失神しているのか、ぴくりとも動かなかった。

 青年はその手元から転がり落ちた葉巻をぐっと踏み付け、火元を消し去った。


「……!!」


 セレナの視界に入ってきたのは、黒の短髪でアメジストのように美しい紫色の瞳を持つ、褐色の肌の青年だった。濃い眉毛を歪めており、明らかに怒っている。その右手には鞘を矛先につけた短槍が握られていた。


「野郎! 俺達の楽しみを邪魔するんじゃねぇ!!」

「退け。痛い目を見たくなければな」

「やっちまえ!!」

「寝言は寝て言え」


 乱入してきた青年は上に下にと短槍を操り、セレナを拘束していた男達をあっという間に周囲へと吹き飛ばし、叩きのめしてしまった。


「アーサー。大丈夫か? ……て、何だ。もう終わっちまったのかよ」


 その青年の連れと思しき若い男が駆け付けると、四・五人の男達が白目をむいたり、泡を吹いたりしてひっくり返っていた。  

 短槍の穂先は鞘に包まれたままなので、倒れている彼らは気絶しているだけというのが分かる。アーサーと呼ばれた青年は息一つ切らしていない。


「俺は大丈夫だ。悪いがあんたはこの不届き者達を牢に放り込んでおいてくれ。俺は彼女を介抱するから」

「了解。流石この国一位二位を争う槍使いというだけあって、仕事が早いな。美味しいところは持っていかれちまうし、お陰でオレは出番なしか……」


 連れの青年は、現場の状態をまじまじと眺めながらも、小さな冊子をポケットから取り出して見比べた途端、目を光らせた。


「こいつら、最近耐えない強盗婦女暴行殺人事件の下手人の可能性が強そうだ。俺が吊し上げておく」

「ああ。あんたに任せた。そういうのはあんたの方がさばけているからな」


 アーサーは、倒れていたセレナを助け起こした。肩に手をかけただけで、びくりと大きくけいれんを起こしている。

 かわいそうに、すっかり怯えきっていて、顔色が真っ青のままだ。


「大丈夫か? もう少し遅かったら危なかったな。たまたま通りかかって、良かった」

「……あ……」


 セレナの身体はがくがく震えており、言葉を発そうとしているが、上手く言葉にならないようだ。紫色の瞳の青年は彼女の顔をじっと見て、何かに気付いた表情をした。


「……君は……セレナ……じゃないか? 俺だ。アーサーだ。覚えているか? 昔学校で色々悪さばかりしていた、あのアーサーだ」


 セレナは目を丸くして震えながらも、首をそっと縦に動かした。破かれずには済んだものの、乱れた服を直そうと手を動かしている。


「ここに一人で住んでいたのか?」


 セレナは黙って再び首を縦に動かした。

 強盗犯達によって乱された家。

 棚はひっくり返され、置いてあった薬草瓶は粉々に割られて中身が散っていた。机や椅子といった家具類は割られ、数少ない服も全て引き裂かれ、使い物にならない。

 強盗犯は金目のものを見つけ切れず、腹いせに破壊したに違いない。未遂に終わったが、帰ってきたセレナを暴行した後殺害し、火をつけて証拠隠滅でも図るつもりだったのだろう。


 この状態ではとてもじゃないが、住める状態ではない。

 それに、すっかり怯えきっている彼女を一人置いたままにも出来ない。


「一人では怖いだろう。俺の所に来るか? 使ってない部屋が多いし、今俺以外誰も住んでいないのだが……」


 セレナは首を縦に動かしたので、アーサーは彼女を連れて一旦自宅に帰ることにした。

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