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第三十話 二人の王子

 部屋中を殺気がほとばしった。

 二人の王子が剣をすらりと抜き放ち、撃ち合いを始めたのだ。

 ゲノルの剣先がアリオンの目に吸い込まれそうになる。

 顔を振り攻撃をかろうじて避けると、剣先は右の耳朶をかすめる。

 明るい茶色の髪の切れ端が宙を舞った。


 危うさに背筋が凍ったが、アリオンの剣先はゲノルの喉笛を狙って飛鳥のように襲いかかった。

 ゲノルはそれを背中を弓のように反らせることによって避けた。

 左頬から一筋の血が走る。

 その口元が三日月型に歪んだ。


 アリオンはそのまま左へ、右へと駆けた。

 自分の身体へと襲いくる剣先を弾いては叩き、撃ち返し、目の前にいる相手に迫る。


 右、右、左、左、上、下……。


 相手による攻撃を剣で受ける度に、衝撃が身体中にびりびりと響き渡り、剣を落とさぬように握りしめるのが精一杯だ。


「両者ともほぼ互角……!!」

「ああ。だが、あまり長引くと目立つな。どこかで切り上げてここを抜け出さないと、兵達に見付かってしまう!」 


 硬い金属音が周囲に幾度か鳴り響いた後、二人の王子はそれぞれ後方に飛び退った。

 共に軽く息を切らしている。 


「アリオン。お前、ひょっとして腕輪の鍵を探しに来たのではないのか?」


 ゲノルの声に反応したアリオンの左手首がぴくりと動いた。その指をぎゅっと握りしめている。 


「ああ。それもあるが、アルモリカの民が気がかりだった」

「そうか……残念だがその腕輪を外す鍵の場所は知らぬ。ただ言えることはこの国、この城に鍵はないことだ。そして彼らは今や。既に敗者であるお前のものではない。時間の問題だ。無駄な抵抗はお前のためにはならぬぞ」

「それは一体どういうことだ?」


 無意識ながらアリオンの声に怒気が交じる。

それに対し、ゲノルは変わらないままだった。


「いい加減逃げ回るのは止めて、大人しく我が国のものになれと申しておるのだ」

「断る」

「……そうか。お前がいくら逃げてもこちらからは全てお見通しだ。行動は全て把握されている。お前が表の入り口から入らずどうやってこの国のに侵入したのか、どうやってこの部屋に入り込んだのかもな」

「……」

「陛下より〝お前達を遊ばせろ〟と命が下っているから誰も追っては来ないはずだ。その点は安心して良いぞ」


 唇に不敵な笑みを浮かべている深緑色の瞳の王子を、金茶色の瞳の王子は胸の内に広がる感情をおし殺しつつ、ぎらりと睨みつける。 


「……君は、何とも思わぬのか?」

「?」

「君の父上がしている残虐行為に関して、心は傷まぬのか?」

「陛下が下した判断、なされることが全てであり、正義だ。強い者は生き、弱い者は死ぬ。自然界でも当たり前のように行われていることだ。今のところ、私は陛下の手先であり、指先だ。私が言う言葉は陛下の言葉そのものと思ってもらいたい」


 ゲノル王子は平然と自ら己はアエス王の傀儡だと言ってのけている。それが余計にアリオンの神経を逆なでした。


「弱肉強食……否定はしないが、今まで平和だった世の中を壊してまですることとは思えない。君の父上は己が欲のために周りの国の人々を食い物にしようとしている。私はそれが許せない!」 

「ふん。いくらいきがったところでお前の力では犬死にするだけだ。私がこの場でそれを思い知らせてやる」


 ゲノルはいきなり深く沈み込んだ体勢をとった途端、床を蹴って剣を前方に向かって突き出した。

 切っ先は明らかに相手の左胸を狙っている。

 アリオンはとっさに避けようと身をよじるが、あと一歩のところで避けきれそうにない。 


 (危ない!! )


 耐えきれなくなったレイアが剣を抜いたその時である。


「な……に……?」


 突然大きな衝撃を脇腹に感じ、ゲノルは身体を折り曲げて床にどうと倒れ込んだ。

 ゴホゴホと激しく咳き込んでいる。

 いつの間にか、アーサーがアリオンとゲノルの間に立っていた。


「……命に影響はないはずだ。だが、衝撃でしばらく動けないと思う。そこで大人しくしておくんだな」 


 一体どこから取り出したのか、その手には短槍が握られていた。その矛先には鞘がついたままだった。


「ゲノル王子。文字通り横槍を入れてすまなかったな。だが卑怯と思わないでくれ。彼は俺達の大切な仲間なんだ。仲間を助けるためには、手段を選ばないことだってある」


 深緑色の瞳を持つ王子は、紫色の瞳を持つ青年をじっと凝視していた。


「……ふん。そなた、名は?」

「アーサー・シルヴェスターだ」

「ああ、コルアイヌ王国の城内で一位二位を争う腕という槍使いか。噂はかねがね聞いておるが、噂に違わず中々良い腕前だな。そなた、カンペルロに来ないか?」

「辞退する。というより、祖国が俺を手放してくれそうにない」

「そうか……残念だな」

「こちらも先を急いでいる。ゆっくりとおしゃべりする時間がないんだ。悪いがここで失礼する。アリオン、みんな、行くぞ」


 その場でしゃがみ込むゲノルを尻目に、アーサー達はその場から大急ぎで逃げ出した。

 戸を音を立てず開けたところ、まだ誰も人がいなかった。

 レイア達は大きく安堵のため息をつき、滑るように部屋を抜け出した。 


 ⚔ ⚔ ⚔


 少しして、異変に気付いたカンペルロの兵達が、ガチャガチャと甲冑の軋む音をたてながら、アリオン達のいた部屋に入ってきた。床にうずくまるゲノルが視野に入り、駆け寄ってくる。 


「ゲノル殿下! 大丈夫ですか?」

「ああ。ただのかすり傷だ。大したことはない」

「くそ! ゲノル様に傷を負わせるとは大した手練れだな。 早く捕らえます故、どの方向に向かったかお教え下さい!!」

「そうか。彼らは確か向こうに走っていったぞ。無理して追わずとも大丈夫だと思うが……」

「ありがとうございます! ゆけ!! 逃すんじゃないぞ!!」


 カンペルロ王国第一王子が言葉を言い終える前に、兵達は彼が言った方向へと駆け出した。しかしそれは、アリオン達が逃げた方向とは何故か違う方向だった。


 (向こうからやってくる筈だから、無理して追わずとも良いのに……短気な奴らだ。まぁ良い。面白い者達が絡んで来ているようだから、後で父上にも報告するかな)


 その場に残されたゲノルは、一人ほくそ笑んだ。

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