あちこち曲がりくねった地下道を抜けると、レイア達の目の前に大きな洞窟が広がっていた。
あたりにはしんと沈んだ空気が漂っている。
透明なエメラルドグリーンの水に満たされた湖が見えた。
その中心部には、大きな六角柱の水晶があり、その周囲を取り囲むように、カーテン状の鍾乳石が垂れ下がっている。
「ここって、本当にお城の中……?」
「ああ。正確にはリアヌ城の地下に作られた場所なのだが、ここは王族しか入れない特別な場所なんだ」
「私達は大丈夫なの?」
「私がいれば大丈夫。みんなすまないが、少し時間をくれないか?」
アリオンは上着を脱ぎ始め、青緑色の光を放ったかと思うと、湖の中へと消えていった。
ばしゃりと音がする方向に顔を向けると、水面から金髪の人魚が現れた。彼は水晶に向かって泳いで行くと、水しぶきとともに大きな岩に腰掛けた。
透き通るように白い肌。
滑らかで優美な筋肉による隆起が見えている背中に輝く金髪がこぼれ落ち、水玉が宝石のように光り輝いている。
腰から下がターコイズ・ブルーに輝く鱗と尾ひれ。
両腕の前腕にびっしりと巻き付いたような鱗。
人魚姿の王子を初めて目にしたアーサーとセレナは、その優美な姿にすっかり釘付けとなっている。二人の反応を見たレイアは、どこか楽しげだ。
「あれが……アリオンなのか?」
「そうだよ。彼は人魚になると変わるんだ。髪は小麦色、目の色はパライバ・ブルー。鱗は全て美しい海の色だ。アーサー驚いただろ?」
「そりゃあもう!」
アリオンが水晶に向かって両手を伸ばすような仕草をすると、大きな水晶の上から二つの淡い青緑色の光が現れ、彼に近付いてきた。
それらは、星のようにきらきらと瞬いている。
そしてしばらく彼の周りを漂いながら瞬いていたが、やがて彼の元を離れ、水晶の元へと静かに戻ってゆき、静かに消えていった。
パライバ・ブルーの瞳はそれが完全に消えてしまうまで、ずっと眺めていた。どこか名残惜しいような色を浮かべている。
二つの光を見送った後、岩の上に座っていたアリオンは再び湖の中へとぱしゃりと身を沈め、レイアの元へとすいすいと泳いで戻ってきた。
「……どうやら終わったようだな。俺はアリオンの着替えを手伝ってくるよ」
アーサーが持っていた手ぬぐいと脱いで足元に置いてあった衣服を持って、湖の水際まで歩いてゆく。
「アリオン、あんなに綺麗な人魚だったのね……夢を見ているかと思ったわ……」
若干放心状態になっているセレナの目の前で、レイアはぶんぶんと手をかざす。
「お~いセレナ~戻って来い!」
「うふふ。レイアったら大丈夫よ。これであの腕輪がなければどうなんだろうと思うと、やっぱり早く鍵の在り処を知りたくてね」
「そうだよな。出来ればこの城内で手がかりがつかめれば良いのだが……」
レイアとセレナは周囲を見渡した。
視界いっぱいに広がる洞窟。
何かの動物の形をした鍾乳石もあちこちにあるが、まるで棚田のような段々状のトラバーチンもある。
それが、彼女達の周りに浮遊している灯りに照らされ、虹のような、何とも言えない色合いを呈しているのだ。息を飲むような美しさである。
(王族にしか許されていない場所か。ここは一体どんな場所なのだろう? )
「ねぇアリオン……あっ」
そろそろ身支度を終えただろう王子を探そうとしたレイアは、視界がぐらりと上にずれるのを感じた。
どうやら足元の濡れた岩で足を滑らせたらしい。
「危ない!」
ぎゅっと目をつぶったレイアは、布越しの温もりと重みを背中に感じ、心臓の跳ねる音が聞こえた。ぱっと目を開けると、腹には自分より大きな手が回されていて、その左手首には、無機質な黒い腕輪があった。
仰のくと金茶色の瞳が上から心配そうに覗いてきている。一瞬、王子の鼻先が彼女の頬を擦りそうになり、熱を帯びた息が彼女の顔を掠めていった。まるで彼女の頬に口付けをしているかのように。
「レイア。大丈夫か? 足元は滑りやすいから気を付けて」
「ご……ごめん!」
端正な顔が妙な至近距離にあるせいなのか、掴みだされたのではないかと思う位、心臓が早鐘を打ち始めた。顔から火が出そうになる。
(私、どうかしてる! )
己を包み込むような手を剥がすようにしてちょっと距離を置いたレイアは、恥ずかしさを隠すように、先程聞きたかったことを背後で自分を支えていた青年に尋ねた。
「ところで、あんたは先程一体何をしていたんだ?」
「……確認していた。父上と母上の魂があの水晶の元まで無事にたどり着けたかを」
「ひょっとして、あの大きな水晶って……」
「ああ。人間の世界で言う墓石のようなものだ。私達アルモリカ族の王族にとって、ここは聖なる場所なんだ。みんな天寿を全うしたものはここで永遠の眠りにつく。私の両親の場合は特殊だったから、きちんとここまでたどり着けたのか心配だった」
「あの二つの光は、アリオンのご両親の魂の輝きだったのね」
アリオンは黙って首を縦に振った。その瞳は、悲しげだが憑き物が取れたように、どこかすっきりとしていた。
「そうなんだ。国と仲間を取り戻すことは、あんたにとって孝行にもなるわけなんだね。あんた一人じゃない。一緒に頑張ろうよ」
「ありがとう。みんなを守ってくれるよう、加護がありますよう、先祖達に祈ってきた」
天寿を全うすることが出来ず、無惨に命をもぎ取られた両親のことを、アリオンはずっと気になっていたのだろう。
国がこんな状態では、葬儀もままならない。
魂が行くべき所に迷うことなくたどり着いていたのを確認出来ただけでも良しとせねばならない。
アリオンはどこか少し安心しているような、そんな顔をしていた。