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第二十五話 瀕死の国

 透き通った空。

 穏やかに流れる雲。

 清廉さを象徴するかのような真っ白な壁

 宝石のような景色がこの国の見物である。


 しかし、国の入り口とも言える城門の周囲に右往左往している黒装束の兵達が、その景観を台無しにしていた。


 アルモリカ王国の入り口に当たる城門──それは石で出来ている──の境目から中を伺っている四人組がいた。


 コルアイヌ王国から来たレイア達一行だった。


 アルモリカ族は人間の姿をしていれば、普通の人間と相違ない。そして王国関係者とは言えカンペルロ人も出入りしているようだから、何とかして中に入り込みさえすれば身動きが取れるだろうとふんだのだ。


「どこも警備の者が見張っているな」

「下手に大暴れしない方が良さそうだ」

「どうやって中に入ろうかしら」

「私がちょっと試してみたいことがあるのだが、やってみても良いだろうか」

「ああ。あんたがぶっ倒れないような内容であればな」


 アリオンが唇に人差し指をあて、何かの呪文を唱えると、指先から青白い霧のようなものが発生した。

 それがあっという間に城門の周囲を取り囲む。

 まるでレイア達だけ避けるように。


「!?」


 レイアが振り返ると、アリオンの瞳の色が金茶色からパライバ・ブルーへと変化している。

 霧は兵達を静かに包み込んでゆくが、それに不思議と誰も気付いていない。

 どうやらこの霧は兵達には視えていないようだ。

 やがて一人ずつだが生あくびをし始める者が出始めた。

 兵達はその場にどかりと座り込み、いびきをかくものも出る始末だ。


「これは……」


 アーサー達は目を大きく見開いている。

 警備として陣取っていた兵達が一人残らず居眠りを始めたのだ。


「私が術で城門を警備している者達だけ眠らせた。さあ、今のうちに中に入ろう」

「あんた、身体は大丈夫なのか?」

「ああ。これ位なら問題ない」

「彼らはどれ位眠ったままなんだ?」

「まともな威力で効果は二日位だ。しかし、今の私の力ではそこまでの威力はないと思う。一時的な足止め程度と思ってくれれば良い」


 アーサーが白い歯を見せた。


「いや充分だ。ありがとう。あとは上手に紛れ込むことにしよう」

「ただ、アルモリカ族は鼻が良い。人間の姿をした人魚と普通の人間を簡単に見抜いてしまう。これから先は私から離れないで欲しい」

「分かったわ」


 レイア達はアリオンの指示に従い、城門を通って、眠りこける兵達を尻目に国内へと入り込んだ。


 カンペルロ王国がアルモリカ王国へと侵略攻撃をした際に、この門は城壁ごと大きく破壊されたはずである。

 それがまるで何もなかったかのように修繕されている。

 きっと、この作業にも仲間達が何人か借り出されたのだろうと思うと、アリオンは胸が傷んだ。


 植えられている大きな木々が、荒れた地面に広い樹影を落としていた。


 ⚔ ⚔ ⚔


 アリオン達はまず街中で情報を手に入れつつ、中心都市であるガリアを目指すことにした。

 ガリアには城があり、その名をリアヌ城と言った。

 アリオンが生まれ育った城だ。


 海の音と潮の香りがどことなく漂っている。


「海の王国というだけあって、海の敷地も多そうね」

「ああ。平常時であれば色々案内したいところだが、今はそういう状態ではないから残念だ。ここでは情報を手に入れることと、シャックルリングの鍵のありかへの手がかりを得るのが目的だ」

「そうだな。急ごうか」


 途中で見かける建物は、煤で黒くなったり、被弾してえぐれ、くもの巣状のひびが四方八方へと入っていたりと、攻撃の凄まじさを物語っていた。

 今歩いている地域は、きっと激戦区だったのだろうと思われる。

 無惨にも岩肌を残すのみで建物自体が崩壊している地域もあった。

 白い欠片と青い欠片が飛散している。

 誰かの悲鳴が聞こえてくるようだった。


「……これは……酷いな……」


 現地のあまりの惨状に、さすがのアーサーも眉をひそめ、言葉が出なかった。

 本来は翡翠色にまどろみ、厚い硝子の切断部のように輝いているはずの海は灰色だった。

 水はどこか淀んでおり、 どことなく葬式の匂いがする。

 道端には放置されたままの人魚の遺体が、何体も転がされている。その中には、まだあどけない子供の人魚の遺体も混じっていた。少しずつ回収はされているようだが、間に合っていないのだろう。色とりどりの鱗が、鈍い色を周囲に放っている。


 それを目の当たりにしたセレナは、あまりの悲惨さに口元を手で押さえた。


「何ということ……!!」

「あいつら、絶対に許さない……!!」


 レイアは歯をぎりぎり言わせている。


 アリオンが無言のままで、その場に立ち尽くしているのが視野に入った。

 彼の視線の先は海なので、レイア達からは後ろ姿しか見えない。

 生まれ故郷の惨状を目にして、彼は一体どう思っているのだろうか。

 レイアはどう声をかけてあげれば良いのか分からず、彼の肩に置きかけた手を握り、思わず引っ込めた。


「おい。そこにいるのは一体誰だ? 見慣れない顔だな?」

「人間の匂いがする。彼らは我らが同胞ではない」


 突然声をかけられて振り返ると、二人の男がいた。二本の足を持つアルモリカ族のようだ。

 こちらを覗き込んでいる顔は、訝しげだ。漂う空気が怒気をはらんでいる。


「人間め! 我々をこれ以上どうするつもりか!?」

「俺達の国をよくもめちゃくちゃにしやがって……!」


 突然悪意をぶつけられたアーサーは、意味が分からず首をひねった。


「君達は何か勘違いしていないか? 俺達はコルアイヌから来たのだが」

「うるせえ。カンペルロ人だろうがコルアイヌ人だろうが関係ねぇ! ああ、先祖の悪口なんか言いたくないのだが、人魚族が人間なんかと仲良くしなければ、我々はこんな目に合わなかったんだ。一体どうしてくれる!?」


 剥き出しの敵意に、アーサーとレイアはつい反射的に左腰に帯びる剣のヒルトに右手を伸ばしてしまう。抜剣しそうになるのをすんでのところで食い止めた。


「一体何だ!? 彼らはこちらへ来るつもりだな」

「どうやら俺達をカンペルロ人と思い込んでいる。今何を言っても聞き入れてもらえないようだな」 

「彼らは敵じゃない。守らねばならない国民じゃないか。これを一体どうやって止める?」 

「難しい問題だな……」


 彼らは敵ではない。それどころか、今回の騒動での被害者なだけに、刃を向けることも出来ず、立ち往生している。 

 その時、悲鳴が聞こえた。


「きゃぁ!! 止めて!! 離して!!」

「あの声は、セレナ!?」


 三人は声が聞こえた方に顔を向けると、四・五人の人魚達によって足や衣服の裾を引っ張られ、灰色の海に引きずり込まれそうになっているセレナが目に止まった。

 赤や青や黄色、橙色の鱗を持つ人魚達だった。


「お前らが連れ去った俺達の仲間を返せぇ! じゃないとこの女を海に引きずり落とすぞ!!」


 アーサーが止めに行こうとしたところ、アリオンに制止され、驚いた顔をして反射的に振り返った。


「アリオン!?」

「彼らの説得は私に任せてくれ。君はセレナを頼む」

「ああ、分かった」


 先程まで微動だにせず沈黙を通していたアリオンが、後ろへと一つに結った明るい茶色の髪をたなびかせつつ、人魚達に向かって歩いて行った。

 その瞳は悲痛な色を含んでいた。

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