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第十九話 モナン街にて

 レイア達は、宿泊先の近くにある料理屋に入った。

 濃い茶色の柱と白い壁で作られ、丸い形をした提灯のような灯りがあちこち灯されており、柔らかな印象をあたえる店内である。

 夕餉をとるには時間的に早目のせいか、客の入りはやや少ない。

 四人は席につくと、盆を持った中年男性の店員が近寄ってきた。

 机の上に茶の入った器を四つ置きながら愛想良く話しかけてきた為、最初はレイアが対応することにした。


「いらっしゃい。お客さん珍しいね。どこから来たんだい?」

「北からさ。サビナまで来たもんだから、ちょっと足を伸ばしてみたんだ。こういう雰囲気、私は好きだよ」

「そう言ってくれると嬉しいねぇ。これを機に足を運んでくれるとうちは助かるよ」

「……やっぱりこの町にも影響は出ているのかい? アルモリカの一件」


 良く聞かれることなのか、中年の店員はためらうことなくすらすらと話し始めた。


「そりゃあ、アルモリカが不安定だと来る者は減るさね。通過地点となるこの町もとんだとばっちりさ。お客の数は一気に減っちまって……数は中々戻らんよ」

「それは大変だな。……私達この店初めてなんだ。まずはおすすめの品を四品頼もうかな」

「すまないねぇ。どうもありがとよ」


 店員が奥へと引っ込むと、セレナは器を手にとり、茶をすすった。

 ほうとため息をつく。

 どこか花の香りのする、優しい味がした。


「やはり、祖国の影響がこの村にまで波及しているわけか……」


 アリオンは額にしわを寄せている。

 アーサーはざっと席の周囲を見回した。

 いくつか空席が並んでいる。

 どことなく寂しい感じがした。


「時間帯の問題ではなく、客数自体がこんな感じか。席の割合的にはかろうじて半分いくかいかないか……か」

「この店の店員は色んな国の人がいるようだ。元々この地域に住んでいるアルモリカ族もいるようだが。あれはコルアイヌ人で……おや? あちらをご覧よアーサー。あれはカンペルロ人じゃないのか?」


 三人はアリオンが示す方向に視線を動かした。てきぱきと雑事をこなしている女性の店員だった。

 骨格がしっかりしており、コルアイヌ人やアルモリカ族ではないのはひと目で分かる。


「間違いないね。料理が来るまで彼女から話しを聞いてみようか。あの、お願いしまぁす」


 レイアが手を上げ、カンペルロ人と思われる店員を呼ぶと、彼女は愛想を浮かべた笑顔で、そそくさと近寄ってきた。

 五十代半ば位で、昔はさぞかしもてただろうと思われる、整った顔立ちの女だった。


「はぁい。お客さん。何でございましょう?」

「あんた、ひょっとしてカンペルロ人?」

「へぇ、左様でございます」

「この町に来るのは初めてだから、色々聞きたいことがある」

「へぇ。お客さんが知りたいことを知っているかは良く分かりませんけど、あたしで良ければ……」


 この店員の女は四十年前にカンペルロからモナン村に嫁いで来て、それから祖国へは一度も帰っていないそうだ。

 彼女が言うには、カンペルロ王国がアルモリカを侵攻して以来、店のお客の数が大いに減り、経営のやりくりに難儀しているらしい。

 更に、アルモリカからかろうじてモナン村まで逃げ出してきたアルモリカ族もいて、彼らはずっと人間の姿を通しつつも、あまり目立たぬように動いているとのことだった。


 暫くすると、注文した料理が次々と運ばれて来て、情報収集は一時中断となった。


 テーブルの上には、焼いた鶏肉を骨ごとぶつ切りにして柑橘系のソースで和えたもの、新鮮な色とりどりの野菜を盛り合わせたもの、魚を素揚げにしてそのままじっくりと煮込んだものなどが大皿に乗せられていた。焼き立てのマナがかごの中で山積みに盛られている。

 人数分の小皿も用意してあり、シェアして食べる形式のようである。汁物だけは個別に用意してあった。


「これは旨そうだ。冷めないうちに食べようよ」

「そうだな。これまで干し物ばかりがずっと続いたから、みんなしっかり食おう」


 各自小皿に取り分け、四人はフォークとナイフを動かし始めた。

 鶏肉は皮がパリッと仕上げられており、かぶりつくと肉汁が口の中にじゅわっとあふれ、絡まるソースの香味と酸味が後味を爽やかなものにした。

 レイアとセレナは、旨い脂と口いっぱいへと広がる爽やかなハーモニーに目を丸くし、互いに満足げに顔を見合わせている。


 野菜はしゃきしゃきとした歯ざわりで、緑、赤、黄色と色鮮やかで見た目も楽しい。


 魚はかりかりの皮をはぐと、身はほろりと崩れ落ちるほど柔らかく煮え煮汁の味が染み渡り、甘辛い味が後を引く絶妙な味付けだ。

 アリオンは小さく千切ったマナをそのソースに付けて口に入れた途端、目を満足げに細めた。


 汁物は根菜をじっくりことことと煮込まれてあり、身体が芯から温まる。アーサーは汁の透明度や風味を確かめ、口に入れては楽しんでいた。

 どれも家庭で食べるような、優しい味だった。


 野宿の場合は持参していた干し肉や、食べられる野草、マディ(ひいた穀物の粉を水で伸ばして薄く焼いた無発酵のパン)と買ったもので食事をし、交代で見張りをしながら洞窟の中で休息をとったりした。アーサーとレイアは常に気を張っていたが、特に追跡者の気配はなく、あってもこちらを襲っては来そうになさそうな感じであった。

 久し振りに布団でゆっくり休めそうだと、肩の荷をおろした。


 ⚔ ⚔ ⚔


 季節の果物を盛り合わせたデザートが運ばれて来た際、アリオンはその店員に尋ねた。


「ここはアルモリカの近くだと思うのだが、アルモリカの現状を何か聞いているか? その国に知り合いがいて、連絡が取れず不安なんだ。何か知っていることがあれば、何でも構わないから是非教えて欲しい」


 その店員は少し間を置いてからゆっくりと話し始めた。表情がやや曇った。 


「ああ……アルモリカね。ご友人さんかい? 多分こちらが想像する以上に苦労なすってると思うよ。カンペルロにやられて統治下教育されているとこの前聞いたからねぇ」


 アリオンは表情一つ変えることはなかったが、テーブルの下に太腿の上に置いている右の握りこぶしが小刻みに震えていた。それに気付いたレイアは、左手をその上からそっと乗せてやると、自然と震えが止んだ。


「……」


 アリオンが右手の甲に温もりを感じ、反射的に右へと視線を動かすと、彼女は素知らぬ顔をしている。

 店員が話しを続け始めたので、彼は話し手へと視線を戻した。


「カンペルロは今無計画と言ってもいい位に周囲の国を侵攻しているさね。他の国もどんどん占拠されてるから、この街もどうなるのか分からないね」


 茶をすすりながらアーサーは相槌を打った。


「そいつは酷いはなしだ」

「噂では国全体が贅沢三昧な生活をしていると言われているが、実際は国内も結構酷いらしいよ。何人か亡命してこの街へ逃げ込んでいるカンペルロ人もいる位だ。この街の人間達は素知らぬ顔で通しているが、内面ひやひやしているさ」


 アーサーは首をひねりながら尋ねた。


「カンペルロ王国は昔はそうではなかったのだろう? 以前は悪い噂一つ聞かなかった位だから」

「前王は良かったんだけどねぇ。国内外問わず人気もあった。だが、突然亡くなられて今の王になってから情勢が酷くなった。前王はきっと暗殺されたんじゃないかという専らの噂だ」

「ほう。そこのところ、出来たら色々聞かせて欲しいな。是非とも酒の肴にしたい」


 アーサーは合図のウインクを送り、酒を注文しつつ情報も一緒に入手する気満々だった。

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