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第十六話 思い出の首飾り

 諸悪の根源であるアエス王を倒さねば、現地の被害は拡大する一方だ。


 アルモリカ王国だけではない。

 今まで略奪され、消えていったかつての王国達。

 たった一人の身勝手な為政者の為に、

 罪のない人々の血が、これまでにどれだけ大量に流され続けたことか。

 誰かがカンペルロ現国王の暴挙を止めなければ、悲劇は止まない。

 アルモリカ王国の場合、かろうじてまだ挽回の余地がある。


 ──王家唯一の生き残りであるアリオンが、自由である限り。


 なるべく早く、カンペルロ王国へ向かわねばならない。

 しかし、何の情報もなく行ったところで、丸腰で乗り込むようなものである。

 先方から見れば、単なる若者四人組相手だなんて、赤子の手をひねるようなもの。

 情報を手に入れるのも重要だ。


 そこでアリオンの意を汲み、まずはアルモリカ王国へと向かい、現状を把握した上でカンペルロ王国に向かおう、ということになった。

 現在のアルモリカには、支配国であるカンペルロ人達がたむろしていることだろう。

 何か情報が手に入るかもしれない。


「ところで彼女は……」


 アリオンの視線は、医術師としての腕を持ちつつ、華奢で儚げな印象の強いセレナに向いていた。

 彼女は陶器のポットを片手にお茶を淹れ直している。

 レイアは空になったカップを持って彼女の元へ行き、お茶で満たされたカップを受け取っては、話しに熱中している二人の元へ持っていった。

 アーサーは礼を言ってカップを手に取ると、一口すすり、一息ついた。


「彼女はああ見えて弓使いなんだ。彼女は弓矢と短剣が得物でね。最低限自分自身の身を守る腕を持っている。着痩せして見えるから見かけはああだが、筋肉はあるぞ」


 アーサーは赤褐色の頭の同居人の方をちらりと見やる。

 その眼差しは春の日差しのように、どこか柔らかい。


「……とは言っても、彼女は医術師としての能力に長けている。この先俺達の大きな助けとなるだろう。心配はいらない」

「分かった。私が不甲斐ないばかりに、君達を色々巻き込んで本当にすまない。これから先、生命の保証はないというのに……」


 すると、紫色の瞳は、金茶色の瞳を真っ直ぐに捕らえた。

 それは、普段の穏やかな表情とは違い、〝仕事〟に従事している時の鋭い眼光だった。


「今回の件に関して俺達は全面的に協力するから、アリオンは気にしなくて良いぞ。我々が住むこのコルアイヌ王国でさえ、カンペルロ王国にいつ侵略されてもおかしくない状況だからな」

「え……?」


 レイアは動きを止め、目を丸くした。

 アーサーはそのまま言葉を続ける。

 その表情は真剣そのものだ。 


「カンペルロ王国の侵略攻撃に関する詳細な情報が、この国の中心都市にだけ何故か行き渡っていない。あのサビナでさえ伏せられている。おかしいと思わないか?」

「確かにそうね。でも、変に国民の不安を煽らないようにしている……というわけではなくて?」


 セレナは首を傾げ、茶をすすった。


「仕事の都合上王宮に上がることはあるのだが、今までアルモリカに関する情報を城内で聞くことは一切なかった。情報の一部位は漏れて、噂に上がってもおかしくないはずだ。国の盛衰に関わる重要な情報のはずなのに、不思議だと思わないか?」

「……確かに……」

「まあ、城の中心部や重鎮達は把握していて、敢えて外部に漏らしていないという見方が出来ないこともないが、あまりにも不自然過ぎる。情報を拡散するのを、誰かが意図的に封じているとしか思えない」

「……」 

「俺がこの山に居を構えているのは、仕事に関係しているからだが、中心都市から離れている方が、様々な情報があらゆる方向から手に入りやすいという理由もある」


 アーサーはカップを握り、お茶を一気に喉の奥に流し込んだ。


「さて。アルモリカに向かう為の日程を決めようか。荷造りをせねばならないしな」

「国内に関しては私が把握しているから、案内する。しかし、国民は過敏になっているから、みんなは私から離れない方が良いかもしれない」

「そうね。あとアリオンはあまり顔を出さない方が良いかしら? 追われてるわけだし」

「でもそれだと、アルモリカ族からカンペルロ人と間違われた時、違った意味で厄介だな」

「成り行き任せになりそうだが、ある程度は打ち合わせしようか」


 食卓が、そのまま白熱した話し合いの場となった。


 ⚔ ⚔ ⚔


 それから少しして、

 各自食器を片付けた後、それぞれ部屋に戻っていった。

 レイアだけはその場に一人そのまま残り、椅子に腰掛けると、テーブルの上で右の手のひらを眺めていた。

 その上には、今朝アリオンから戻された首飾りが乗せられている。


 透明で小さな丸い石に、羽飾りがついた首飾り。

 それは、窓から差し込んでくる陽の光を浴びて、キラキラと静かに輝いている。


 生前のレイチェルが、常に身に着けていた首飾り。

 今は、御守り代わりとして自分が着けている。


 (羽……そう言えばあまり意識したことはなかったが、形があれに似ているかも……)


 ふと何かを思い出したレイアは、上着を下着ごとたくし上げた。


 右脇腹に痣が一つ。

 それは、羽根のような形をしている。

 小さい頃から不思議な形の痣だなと思ってはいたものの、今まで気に留めたことはなかった。

 この痣のことを、付き合いの長いアーサーとセレナは知っている。

 だが、二人共あまり気にしていないのか、今まで特に話題に登ることはなかったのだ。


 (何か関係がありそうでなさそうな……妙に気になるな……)


 痣と首飾り。

 思い当たる節がないか考えていると、脳の奥底がずきりとし、その痛みにレイアは頭を押さえた。

 目の前が白黒点滅し始める。


「うっ!! またこれか……!!」


 痛みをやり過ごす為にテーブルに突っ伏し、こめかみのあたりを指でもみほぐした。

 昔のことを思い出そうとすると、発作的に起こる痛み。それも、かなり昔のことを思い出そうとすると起こるのだ。

 いつも元気なレイアが悩まされている唯一のことである。

 本人は、ある意味持病のようなものだと思っている。

 たまに起こる為慣れているとは言え、こう毎度痛みに身体が襲われるのはたまらない。

 めまいがする時もあるので、厄介だ。

 だからこの「発作」が起きている時は下手に立たず、動かない方が良いと、経験上分かっている。

 大人しくしていれば、痛みはやがて去っていってくれる。

 以前セレナに鎮痛薬を煎じて処方してもらったことがあったが、全く効果がなかった。

 我慢して、ただやり過ごすしかないのだ。


(まるで、下手に思い出すなと脅迫されているようだ……)


 額に汗の玉が吹き出し、頬を幾筋か滑り落ちる。

 半乾きの濃い茶色の髪が、テーブルの上にこぼれ、暫く波打っていた。


「くっ……!!」


 錐で突き刺されるような鋭い痛みに暫く堪えていると、やがてすぅっと消えていった。


「はぁ……」


 レイアは一気に脱力し、テーブルの上でそのままぐったりとうつ伏せになる。

 背中が冷や汗でぐっしょりだ。


(一体何なんだよ……これも、に関わることなのか!? )


 ぼんやりしながら、今度は別の思考を巡らせていると、ふとアリオンとの今朝のやり取りを思い出した。


 ──つまり形見じゃないか。そんな大切なものを僕なんかに預けて良かったのか? ──

 ──何かね、あんたを守ってくれそうな、そんな予感がしたんだ──


 彼女は衣服を直し、自分で言った言葉を反芻していた。


 (私、一体どうしたんだろう。あの時は彼を奴らの手から逃し、無事コルアイヌにたどり着いても身の振り方に困らないように……ということしか頭になかったのだが……)


 あの崖から落ちた割には、これを良く落とさなかったものだと驚くものの、胸の奥底から湧き上がってくる、ほんの少し嬉しい気持ちも正直隠しきれなかった。


 あの時、強く止めたにも関わらず己を助けようとしてくれた、王子の腕の中。薄れゆく意識の中で何故か安心感があった。


 透明な石を覗き込んで見ると、顔が逆さまに映るのが見える。


 (昔まだ幼かった頃、レイチェルにこれをたまたま見せてもらったことがあったな。その時もこうやって覗き込んだっけ……)


 すると、懐かしい記憶がレイアの脳裏に浮かび上がってきた。


 ──ねぇレイチェル。それとってもきれいね! ──

 ──うふふ。レイア、ありがとう。これはあなたが大きくなったら差し上げますよ──

 ──ほんとう? やったぁ──

 ──ええ。これは預かりもので、とても大切なものです。大事にして下さいね──


 随分と懐かしいことを思い出したせいか、鼻の奥がつんとした。

 養親であるレイチェルは、レイアにいつも優しかった。

 叱るべき時は叱ることもあったが、その瞳は常に慈愛に満ちていた。


 あの時は二人で眺めた首飾り。

 今はただ一人でそれを眺めている。


 (ねぇ、レイチェル。もしあなたが生きていたら、教えてくれたのかな? この首飾りのいわれとか。頭痛の原因とか。もっと教えて欲しいこと、たくさんあったのになぁ……)


 聞きたくても、聞けない。

 優しくて温もりのある声。

 心のどこかが欲して止まない疼き……。

 二度と聞けない声に、彼女は静かに耳を傾けていた。

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