サンヌ崖の下に広がる谷底には、川が流れている。
それは一条の光る糸となって、北から南へと蛇行しているのだ。
その周囲には草木が鬱蒼と生い茂り、その中を白い骨のような枯れ木が生えている。
アーサー達がレイア達を連れ帰った後位だろうか。
ごつごつとした岩肌が点在し、苔むした木々が茂るその中に男達がいた。
その数は五人。
頭の先から足の先まで真っ黒な連中だった。
黒い布の間から覗く目だけがぎらぎらと輝いている。
彼等はカンペルロ王国の兵達だった。
崖下に姿を消したレイア達を探し、谷底を偵察しているのだ。
目の前にある崖は、棚のように突き出しており、
時折冷たく硬い風を激しく吹き上げている。
「あの二人は確かにこのサンヌ崖から落ちたんだな?」
「間違いない。この目で見た」
「女が先に落ちた後、後を追うように男が落ちた」
「自滅か? ……まるで心中だな」
「その割には崖下であるここ一帯に、遺体と思われるものが何一つ残されていない。血痕はおろか骨一つ見当たらない」
「……妙だな。獣達が片付けたと考えるにしても、時間があまりにも早すぎる」
一人がふと足元に視線を向けたが、自分達以外の動物に依る足跡を見つけることは出来なかった。
「しかしよく見上げてみろ。この高さだぞ。常人でこの崖から真っ逆さまに谷底へ落ちて、助かる見込みは限りなく薄いな」
「サンヌ崖は自殺の名所でもあるからな。崖自体分かりにくい場所にあるためか、それとも過去の死者が寂しがって生者を呼び寄せるためなのか、落ちる者が多いらしい」
「我々をまくためにわざと落ちるように見せかけ、逃げたのではないか?」
「その可能性は充分にある」
「あの女、案外侮れんかもしれん。剣を受けたときの手の内を締める感触と言い、動きと言い、ずぶの素人ではない感じだったからな」
その時、風が吹いてきて男達の足元に生えている草が一面、ささやくようにかさかさと揺れた。
巨大な動物が足踏みをして、体毛を震わせるかのようだった。
「あと……」
「? どうした?」
「一つ気になったのはあの〝光〟だな」
「〝光〟?」
「ああ、光だ。お前は見なかったのか? 谷底から一瞬だが青緑色の光が見えた。あれは何だったのだろうか?」
「知らんな。ただ、あの二人連れはどこかで生きてそうだ。そんな臭いがする」
「そうだな。ひとまず捜索を続けろ。他にも怪しいのを見つけたら一緒に捕まえるんだ」
その時、叩きつけるような重たい風が崖の上からごうと急に吹きおろしてきた。
そして積もった落ち葉を下から巻き上げ、勝手に去っていった。