真理のゲロ事件からまた俺達の距離は開いてしまった。真理に話しかけようとしてもさっと行ってしまう。どうも未だに嘔吐の失態を恥ずかしがってるみたいだ。埒が明かないので、何度目かの無視の後、腕を掴んで引き留めて話しかけた。
「真理ちゃん、待って! 話がしたいんだ!」
「は、離して!」
俺は真理の両手首を掴んだまま、彼女の目をじっと見て口を開いた。
「どうして俺を避けるの? 悲しいよ」
「だって……」
真理は俺の手をほどきもせず、俯いて最後まで言葉を紡がなかった。
「あの事を気にしてるの?」
「もう話しかけないで……私、あんな無様な格好を晒しちゃったんだから……」
「あんなの、なんてことない。真理ちゃんが俺と一緒にいる時でよかったよ。それに急性アルコール中毒とかにならなくてよかった」
「え……?!」
「真理ちゃんはいつもかわいい。大好きだよ」
俺は彼女の頬をそっと撫で、顎を持ち上げた。キスする雰囲気だと思うけど、一応許しを乞う。
「キスしてもいい?」
「……唇は駄目」
俺は大ショックを受け、『えー?!』と心の中で盛大に叫んだ。お預けは辛いけど、真理の意思を尊重する。でも唇が駄目でも頬とか額はいいみたいだ。俺は彼女の頬にちゅっと軽くキスをした。彼女はカチンコチンに固まって真っ赤になっている。
「真理ちゃん、俺は待つよ」
「うん……ありがとう。正直言って……あの……やっぱり何でもない」
ここまで言いかけてなんて残酷なんだー!! でも真っ赤になって俯いている真理に無理矢理言えと強制はできない。うわー、ヤバイ、かわい過ぎる!
「気になるけど……今は言えないならそれも待つよ」
「ううん、今、言う。その、私、分からないの。悠の事を考えると、ああすればよかった、こうすればよかったって胸が切なくなる。でも野村君の事も……」
「えっ?! 俺の事が何?! ごめん、聞こえなかった」
意地悪じゃない、本当に聞こえなかった。彼女は真っ赤になってもじもじしていて俺の名前を言った後、もごもご何か言った。
「の、野村君の事が……き、気になるのも、ほんとなの」
ヤバイ、俺、今どんな顔してるだろ?! すごいだらしなくニヤケてそうだ。
それからというもの、俺は前と同じように『大好き』と言い続けた。『付き合って』はプレッシャーを与えそうだからほとんど言わなかった。
毎日の日課の『好き』を真理に伝えたある日、真理は何だかぎこちなかった。
「真理ちゃん、好きだよ」
「あ、ありがとう……」
毎日好きって言うのもプレッシャーだったのかもしれないと今更ながら思いついた。
「ごめん、重かったよね? もう好きって言わない方がいいなら……止めるよ」
「う、ううん、嬉しい。わ、私も……の、の、野村君の事が……す、好き、です……」
蚊の鳴くような小声で告白されたけど、俺の耳には『好き』って言葉がしっかり聞こえていた。俺は情けなく口をポカンと開けたまま、信じられなかった。
「ほ、ほんとに?」
「うん……」
「ヤッター!」
俺は雄たけびを上げて真理に抱き着いた。あまりに夢中で彼女に『痛い』って抗議されるまできつく抱き締めていたのに気付かなかった。