俺にだけ氷点下の真理を解凍するまでまた3ヶ月かかってしまった。でも真理も単純だね! チョロい、チョロい!
でも奢らず、失敗に学んで挽回。あれに懲りて映画デートは封印、カフェに行ったりする清く正しいデートを繰り返した。あれ以来、ほっぺにだってチュウしていないし、手さえ繋いでいない。
ほんとはそろそろシたいんだけどね、俺も〇欲旺盛なお年頃だからさ……真理もどうして手を出されないんだろうって悶々としてくれてるといいんだけど。
それはともかく、正義な編隊じゃーズを愛する俺としては、未だに引っ掛かっている事がある。
真理の事は好きだけど、かつて萌にした事は犯罪寸前で納得いっていない。あの事をちゃんと本音で話してからじゃないと、付き合えないと思った――そう、俺は彼女にかわいいとか、好きとか、デートしてとか言ってるけど、付き合ってとはまだ言っていない。真理にも俺達が付き合っているのかって聞かれた事はない。でももうそろそろはっきりさせるべきだと思う。
あの話を外ではしたくないから、俺は初めて真理を自分の部屋に誘った。
「え……野村君の部屋で会うの?」
「うん、大事な話があるから。外じゃしたくないんだよね。でも安心して。俺は真理ちゃんがいいって言うまで手を出したりしない」
「うん、でも……」
「それとも手を出してほしい?」
バチンとすぐに頬に手が飛んできた。痛え……真理、ちょっと手が早すぎじゃないか?!
平手打ちされた後も下手に出て拝み倒して真理に何とかおうちデートを了承してもらえた。
真理が家に来る前日、俺ははりきって掃除しまくった。使いもしないだろうけど、
そして当日――俺はインスタントコーヒーを淹れて真理と俺の前にそれぞれカップを置いた。
「ミルクいる?」
「うん。ありがとう」
真理はコーヒーにミルクを入れてかき混ぜた後、ちょっと口を付けただけだった。やっぱりインスタントコーヒーはお気に召さないみたいだ。俺はこだわらないし、普段、大学へ行く前にコンビニでコーヒーを買って、学食で昼食食べた後にもう1杯飲むだけだ。家では滅多にコーヒーを飲まないので、コーヒーメーカーは置いていない。だけど、真理と付き合うようになったら、買った方がいいな。
そんな事を考えていて意識が飛んでいた。やばい、やばい。本題があったんだ。気が付いたら真理が怪訝な顔して俺を見ていた。
「野村君、今日、大事な話があったんだよね?」
「あ、あ、うん。そう。真理ちゃんに初めて部屋に来てもらって感激し過ぎてつい意識が飛んでいた」
真理の怪訝な表情が消えて一気に頬が染まった。
「実はさ、今更かもしれないけど……気になっているんだ。佐藤さんに睡眠薬盛ろうとした事があったよね?」
「ああ、あの黒歴史! もう忘れたいからその話はしないで、お願い!」
真理は恥ずかしそうに顔を手で覆った。その様子には罪悪感は見られない。
「黒歴史って……あれはそれどころじゃない、犯罪すれすれだったよ。実はさ、俺、真理ちゃんが佐藤さんに渡せって言ったグラスは渡さなかったんだ。なのに彼女はすぐに酔っぱらった。まさか両方のチューハイに睡眠薬を入れたんじゃないだろうね?」
「え?! あれ?! 後で話さなかったっけ?」
「何を?」
「あの時ね、田中君に説得されたんだ。だから両方とも睡眠薬なんて入ってなかったよ」
「え?! じゃあ、どうして一方のグラスを佐藤さんに渡せって言ったの?」
「……言ったら私の事、嫌いになる?」
真理は、以前、よくやっていた上目遣いで俺を不安そうに見つめた。あの頃と違って、彼女の目に故意や打算は見えない。俺に嫌われないかと、ひたすら不安になっている目だ。いつもなら、真理が俺に惚れている証拠だと有頂天になったが、今は真面目な話をしている。
「嫌いになんてなれないよ。それで嫌いになってたら、真理ちゃんの事、とっくに嫌ってた」
「でも……こんな性格悪い女、嫌いでしょう? だから、幼馴染の悠にも嫌われちゃった。悠だって野村君だって佐藤さんみたいに素直でかわいい
「佐藤さんの事は別に嫌いじゃないって言うだけで何とも思ってないよ。真理ちゃんの方が俺は好きだよ」
真理はもう泣き出していて俺の言葉を碌に聞いてもいないようだった。以前、涙は女の武器なんて真理が言っていたのを聞いた事がある。でもこの涙にはそんな打算はない。純粋な涙だ。
「確かに君は性格悪いよ。いや、悪かったよ。でもどうしてなんだろうね。俺は真理ちゃんから目を離せない。君が好きだから」
真理は泣き顔を上げて俺を見た。驚きと照れと色々、ない交ぜになった複雑な表情だ。
「私、もうあんなに傲慢にはならない。だから、嫌わないで。お願い……」
「俺は善悪全て飲み込んで真理ちゃんが好きだよ。でもこれからはあんな悪い事をしてほしくない。だからあの時の事、全部正直に言って。嫌いにならないから」
「ありがとう……私ね、野村君を、その、あの……試したんだ。私の……ファンだったら、私の言う事聞いてくれるかなって……浅はかだったよね? ごめんなさい……」
「そっか。でもあの後ね、佐藤さんが泥酔しちゃって大変だったんだよ。だから俺、てっきり薬入りのチューハイを飲ませちゃったのかと思って佐藤さんに謝罪したんだ」
「えっ?! どうしよう……だから悠、あんなに怒ってたんだ。私、誓ってチューハイに何も入れてないよ。ずっと一緒のテーブルにいた田中君とか他の人達に聞いてもらってもいい」
「そっか……それは信じたいけど、一応田中に確認するよ。いい?」
俺が別のグラスを萌にあげたのを見て真理はがっかりしてすぐに帰った。だから萌が泥酔してしまったのは知らなかったそうだ。
俺はそれから田中に連絡して真理の言う事が本当なのか聞いた。最初、田中って誰なのかすっかり忘れていたけど、元々この計画を頼まれていた気の弱い男だった。いや、気が弱いだけじゃないな。俺は彼を見直した。最後まで説得をして真理に犯罪の一線を越えさせなかった恩人だ。
結果的に言えば、真理の言っていた事は事実だった。でも萌や園田、中野さんは真理が睡眠薬を盛ったと思っている。実家が隣同士の幼馴染に真理がずっとそう思われているのもかわいそう過ぎるので、俺は真理の了解を得て謝罪の機会を設ける事にした。