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第8話 映画館デート

 真理が俺への平手打ちに罪悪感を持っているのを利用してデートの約束を取り付けた。超ベタだけど、映画を見に行く。シネコンの前で直接待ち合わせした。


 デートをすごく楽しみにしているようでカッコ悪いかなとは思ったけど、やっぱり早く行って真理を待ちたかった。でも早すぎて30分も前に着いてしまった。もちろん真理はまだ来ていない。真理とのメッセージアプリ画面をじーっと見ていていつの間にか20分経っていた。


「野村君!」


 俺を呼ぶ鈴の音のような軽やかな声が聞こえた。もうこれだけでイけそうだ。『どこに?』って? 無粋な事は聞かないで欲しい。


 振り返ったら、今度は視覚爆弾がやって来た。クるなぁ……やっぱり真理は美しい。


 薄い軽やかな生地のブラウスには襟ぐりから肩にかけて大きなフリルがあしらわれていて七分袖。ブラウスから出た白い肩と肩甲骨が艶めかしい。ブラウスを押し上げる膨らみは、残念ながらささやかだ。それだけは園田がうらやましい。


 下はタイトなロングスカート。薄暗い映画館で直に太腿を触ろうと思ってたのに残念だ。まさか警戒してタイトなロングスカートにしたのか?! でもブラウスは肩丸出しで警戒感がないから、気のせいだろう。


 チョイスした映画は、これまたベタだけど、身分差の恋愛映画。でも悲恋じゃない。俺的にはお嬢様の婚約者がかわいそうだったけど。


 人生の最期で2人の愛の歴史を振り返る――というか妻は夫の事すら思い出せないのに、夫は思い出してもらおうと必死。妻は時々思い出すけど、すぐに忘れてしまって目の前の夫が誰なのか分からずパニックになってしまう。子供達は父親を心配するけど、夫は老人ホームの妻の側にいる事を選ぶ。そして最期は偶然にも2人一緒に来世へ旅立つ――


 隣の真理を見ると、グスッグスッとすすり泣きをしている。俺は隣に手を伸ばして彼女の手に自分の手を重ねた。真理はびくっとしたが、俺の手を退けなかった。


 俺は真理と重ねた手をゆっくりと離して彼女の向こう側の肩に手を回して抱き寄せ、頬の涙を反対側の手指でそっと拭った。真理はまたぴくりとしたが、抵抗しなかった。俺は濡れた頬にキスして唇の間からちょろりと舌を伸ばして涙をれろぉっと舐めた。しょっぱくておいしい。


 真理は途端に肩から俺の手を引き剥がしてキッと睨んだ。まだエンドロールを堪能している人達が少数ながらいるので、罵ったり、平手打ちしたりはしないみたいだ。


 やべぇ。エンドロールが流れているのに立ち上がれない。いや、物理的には立ち上がれるけど……


 真理は、俺に目もくれずに立ち上がってさっさと上映会場から出て行ってしまった。


「え?! ま、真理ちゃん、ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ!」


 俺は無様にも前かがみになりながら、座席の間をすり抜けて真理を追った。シネコンの入口で彼女に追いついた時には、幸いにももう前かがみになる必要はなくなっていた。


「真理ちゃん、待って!」


 後ろから声をかけて腕を掴んだら、図書館の時と反対側の頬に平手が飛んできた。


「痛いよぉ……真理ちゃん、酷い……」

「自業自得でしょ!」

「耳がキーンとする……痛いの、痛いの飛んでけキスしてくれる?」

「ふざけんな! その手に2度ものるか!」


 真理は、俺の頭をバシィィッと叩いてズンズンと歩いて行ってしまった。


「いってぇ……失敗したかなぁ……」


 本当はこの後、食事に行くつもりだった。


 彼女にメッセを送っても既読にならないし、電話かけても出てくれず、俺はトボトボと孤独に帰宅した。

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