萌と悠が萌の実家に来て3日目。
悠の体調はすっかりよくなった。夕方に悠は新幹線で東京に向かい、その日のうちに東京駅から乗り継いで千葉の実家に帰るけど、萌は年明けまで実家に滞在する。
正月明けの最初の週末には、今度は2人で悠の実家へ同棲の許しをもらいに行く。もっとも悠から親にその件は話してあり、萌の両親が了承すれば許すと言われていた。それも親同士が電話で話してその条件はもうクリアした。だから同棲の許しをもらうというよりも、初顔合わせのような意味合いだ。
朝食の後、萌と悠は萌の卒業した小学校と中学校へ出かけた。もちろん校内に入れるわけではないけど、萌の子供の頃の思い出を語りながら近所を散歩した。
2人は先に近いほうの小学校へ行くことにした。萌の実家から徒歩10分程で着く。
小学校への道のりの途中、萌の実家の数軒先にシーソーとブランコ、砂場しかない小さな公園がある。そこに着くと萌は懐かしくなって悠に話しかけた。
「ああ、ここ、ここ! ここで登校班が集まって毎朝学校に行ったんだよ。私、寝坊屋さんでさ、いつも時間ぎりぎりに集合場所へ行ってお母さんに毎日のように怒られてた。悠は?」
「ああ、俺は集合場所に行く前に真理を迎えに行かないと怒られたなぁ……なのにまだアイツは用意できてなくて玄関先で待たされて……そのせいで遅刻。それを俺のせいにいつもされて……はぁ、最悪だった……」
「えっ?! 酷い! 昔からそんな態度だったんだね……」
「あ、ああ、うん……」
悠は真理のことを萌に話したのは無神経だったかと思って歯切れが悪くなったが、萌は別の意味にとった。悠が子供の頃、真理にいいように使われていたようなことを萌はチラッと聞いたことはあったが、本人があまり話したがらなかったので具体的なことは知らなかった。
「こっちこそ、ごめん。せっかく私の実家まで来てくれたのに気分の悪いこと、思い出させちゃって……」
「こっちこそ萌に気分の悪いことを聞かせちゃってごめん」
2人とも押し黙って決まりが悪いまま、小学校へずんずん歩いて行く。小学校の校舎が見え、沈黙を破るように萌が話しだした。
「ああ、まだこの体育館あるんだ。プールも同じだ。懐かしい! 夏休み中、毎日のようにプールへ通って真っ黒になってたんだよ。悠も通った?」
「ううん、俺はそういうの好きじゃなかったし……」
悠の言葉は尻すぼみになった。プールに行かなかった1番の理由は真理だったからだ。真理は小学生の頃から既に美容に目覚めて日焼けを避けており、夏休み中、自分がプールに行きたくないからと言って悠もプールに行かせなかった。
悠も水泳が好きなわけじゃなかったから、プールに行けないのは苦にならなかった。だけど真理の人形遊びに付き合わなくてはならないのは苦痛だった。でも人形遊びは序の口だった。
小学校高学年になってくると、ファーストフードに行ったり、ショッピングやゲームセンターに付き合わされたりした。それだけだったらまだよかったが(よくないけど)、強制的におごらされて小遣いが一瞬でなくなるのがきつかった。小遣いがなくなっておごれないと真理の機嫌が超絶悪くなって怖かったので、仕方なくその度に親に小遣いをせびった。もちろん親には無駄遣いといつも怒られて散々だった。
悠はあの辛い日々を思い出して一瞬気が遠くなった。
「……悠? どうしたの? プールにも辛い思い出があるの?! ごめん……」
「えっ、大丈夫だよ。気にしないで」
真理に奴隷扱いされた過去が自分のトラウマになっただけじゃなくて、萌との交際にも影を落としているのが悠には腹立たしかった。
中学校は萌の実家を挟んで反対側、徒歩20分ほどのところにある。2人は今度は中学校のほうへ歩いて行った。
「うわー、校舎が新しい! 卒業すると実家の近くにあってもわざわざ行ったりしないから、建て替えたの知らなかったよ」
真新しい校舎の裏手に回ると、年季の入った体育館が見えてきた。
「あっ! この体育館! ボロくなったなぁ。卒業してまだ10年も経ってないのに」
「当時は見慣れててボロかったのに気付かなかったのかもよ」
「そうだね、久しぶりに見たからボロに気付いたのかもね。私、中学はバスケ部だったんだ。ここで練習してたんだよ。でも万年補欠で朝練も遅刻常連! 体育館に正座とか、腕立て伏せ50回とか……体育館の周り30周走れってのもあったなぁ……あれはきつかった! 悠はどうだった?」
「あ゙-、俺は帰宅部。運動好きじゃなかったから……」
それも本当ではある。でも真理のショッピングとかスイーツとかに付き合うために帰宅部じゃないといけなかったのだ。もっともそんな奴隷扱いの日々も中学2年のプラモデル事件で幕を閉じた。
2人は気を取り直して別の話題を始めて歩きながら萌の実家に帰った。