「あなたが園田君ね! いらっしゃい! 萌、お帰り!」
父が車を家の駐車場に入れる音を聞いて、萌の母が玄関のドア前のガラス戸を開けて出て来た。
萌の実家の玄関前には、多くの青森の家のように、ガラスのサンルームみたい小さな空間「風除室」がある。これがあれば雪が積もっても玄関のドアが開かなくなるなんてことはない。雪かき道具も置けて便利だ。
「お母さん、寒いでしょ。中で待ってればいいのに」
「だって、萌の彼氏よ! 早く見たいじゃない」
「見世物じゃないって!――悠、ごめんね。変なお母さんで」
「いえ、とんでもないです。初めまして、園田悠です。萌さんの……ハックション!!」
「あらあら、挨拶なんて後にしましょう。風邪ひいちゃいけないから、早く中に入って」
萌が同棲の許しを得に彼氏と一緒に帰省すると両親に報告した時から、母は萌に何度もどんな彼氏? 馴れ初めは?と次から次へと聞いてきて、あしらうのが大変だった。
母は萌が2、30年後に20kgぐらい太ったらこうなるのかという容貌でそっくりだ。それに対して父は母に生気を取られたかのように痩せているが、ファザコンの萌がかっこいいと自慢していただけあって、まだまだいけてる。
「さあさあ、どうぞ。入って」
「ありがとうございます」
萌と悠はキャリーケースを玄関の
萌の両親は悠にこたつに入るように勧めたけど、悠は頑なに入らず、こたつの前で正座して土下座した。
「4月から! も、萌さんと……い、一緒に……す……住むことをゆ、許して下さい!!」
「頭上げてこたつに入って下さい」
悠はそう言われても土下座したままだ。
「悠、いいから頭上げて」
萌が悠の腕を引っ張ると悠は床の上にゴロンと転がってしまった。
「い、痛っ!」
「大丈夫?!」
「だっ、大丈夫……す、す、すみません!」
悠は足が痺れて動けなくなっていた。初めて会う恋人の両親の前で大失敗してしまって、悠の顔は真っ赤になっていた。
悠の足の痺れがなんとかおさまって皆がこたつに入ると、ようやく話が再開した。
「本当は
「あ、あのっ! ご両親がどうしても反対って言うなら同棲はしません!」
「悠、ちょ、ちょっと!」
「でも2人で同居すれば節約できて結婚資金を早く貯められるって思ったんです」
「同棲って……いつまでのつもりですか? 結婚しないままダラダラ何年もそのままっていうのは勘弁して下さいよ」
「も、もちろん! そんなつもりはありません! 僕は4月から東京都のゆうゆう信用金庫に勤めることになっています。2人で300万円貯められたら結婚するつもりで、2、3年以内を目標にしてます」
「園田君のご両親は何て言ってるんですか?」
「結婚前の同棲には、本当は賛成できないって言われました。でも佐藤さんのご両親が許してくださって僕達2人の将来への気持ちが真剣なら仕方ないと……」
「お父さん、お母さん、私達、軽い気持ちで同棲するわけじゃないの。お願い、許して!」
「はぁ……仕方ないわね。どうせもう2人で決めちゃってるものね」
「すみません! ありがとうございます!」
「でも
「ちょ、ちょ、ちょっと、お母さん!」
「だって大事なことでしょ! あらあら、園田君、大丈夫?」
「悠?! ちょっと! 汚いよ! 汚れちゃったじゃないの!」
「す、すみません!」
悠がお茶をブーッと吹き出したせいで、こたつ布団も2人の服も濡れてしまった。
萌と悠が着替えて戻って来た時には、萌の母がこたつ布団を変えて天板を拭き、綺麗に後片付けしてくれていた。
「すみませんでした」
「いいのよ。ちょっと直接言い過ぎたかしら。でも、とにかく
「お母さん、もうその話題はいいよ!」
「だって大事なことだから」
「わかったよ、もう。しつこいなぁ。それより、もうひとつ大事なことがあるの」
萌が悠を肘でツンツンとつつくと、まだ緊張が解ききれてない悠が口をおずおずと開いた。
「あの、今日、うちの両親がご挨拶したいので後で電話かけるそうです」
「そんなのいいのに」
「いえ、けじめですから。それと、初めてお邪魔するのに泊めていただくことになってすみません」
「いいのよ、ホテルなんてもったいないじゃない」
悠は最初、青森市街地にあるホテルに宿泊するつもりだったけど、萌がそれを両親に言ったらうちに泊まればいいということになったのだ。
「園田君、荷物はキャリーケースだけだったよな。1階の客室に運ぶよ」
「あ、そんな、自分でやります!」
萌と悠はキャリーケースを取りに2人で玄関に向かった。
「やっぱり私の部屋で一緒に寝るのは駄目だったね」
「そ、そりゃそうだよ! 結婚前だから」
「東京じゃ、もうやることやってるのにね!」
「も、萌! ご両親に聞こえちゃうよ!」
「わかってるから、お母さんもあんなこと言ったんじゃん」
悠は耳まで真っ赤になってしまった。