今日は卒業式。萌もリコも、悠も和人も卒業だ。
萌は大正時代の女学生風に臙脂と深紫色の矢絣の着物と深紫色の袴を着て黒いハーフブーツを履いている。髪は逆毛でボリュームを増やしてハーフアップ、後ろに大きな深紫色のリボンを付けた。
リコは母親の桃色の振袖に臙脂色の袴を合わせ、草履を履いた。母親の振袖は成人式で皆が着るような振袖よりも袖が短く、中振袖だ。髪は全部アップにして桃色の花やビーズが付いている髪飾りを付けている。
2人の彼氏、悠と鈴木和人は、無難に就職活動で活躍したスーツを着ている。
ついでに言うと(?!)真理と野村孝之も卒業する。
真理は悠に振られてから、悠とは没交渉、しばらく経ってから挨拶は交わすぐらいに仲がちょっぴり改善した。
真理は親衛隊を構わなくなり、毎年新しいミス甲北・ミスター甲北が誕生する度に1人、2人と取り巻きが減っていき、最後はなぜか戻ってきた孝之と一緒にいることが多くなっていた。孝之は1年生の時のチャラ男は返上して真面目な優等生になって大手商社に就職が決まっている。
卒業式会場の講堂には、全学部の卒業生が入らないので、文系が10時から、理系が14時から卒業式が始まる。萌達の卒業式はもちろん午前の部だ。
講堂の壁にはぐるりと紅白の幕が張られ、ステージの上に据えられた演壇の上には生け花が飾られている。
来賓が入場後、卒業式が始まった。退屈で冗長な学長や来賓の祝辞が終わると、文系の首席卒業者が呼ばれた。残念ながら、萌達4人のうちの誰でもない。なんとあの孝之の名前が呼ばれた。
萌は驚いて隣の悠を肘でツンツン突いた。
「ねぇ、野村君、そんなに成績よかったの?!」
「そういや、アイツが遊んでる噂、もうずっと聞かないな」
萌達が驚いて色々コソコソしゃべっているうちに孝之の挨拶は終わっていた。
◇ ◇ ◇
卒業式が終わって孝之が会場を出ようとすると、女の子達に囲まれた。
「野村君! 付き合い悪いと思ったら、勉強してたんだね! じゃあ、これからは遊べるね」
1人が野村の腕を取ると、他の女の子達も彼の腕を掴んで引っ張った。
「ちょっと止めなさいよ! 野村君は私とこれから飲みに行くんだから!」
「冗談じゃないわよ! 私と一緒に行くわよね、野村君?」
「その花束、私にくれるんだよね? 早く行こうよ!」
「止めろよ! この花束はお前達のために持って来たんじゃない! 俺は謝恩会に行くよ」
孝之は女の子達を振り切り、袴を履いた女子学生の所へまっすぐ向かい、彼女に花束を差し出した。
「真理ちゃん、卒業おめでとう」
「ありがとう。野村君こそ、首席卒業、おめでとう」
「これで俺は君にふさわしい男って証明できたかな?」
「でっ……でも佐藤さんの方がやっぱりいいって思ったりしない?」
「真理ちゃんへの俺の気持ち、まだ信じてくれてなかったの? 俺達、恋人なのに? 佐藤さんにはずっと前に振られてもう吹っ切れてるよ。人の気持ちって変わるものでしょ」
「でも私……佐藤さんにあんな事をしようとしたのよ。田中君が止めてくれなかったら犯罪者だわ。野村君がこんな私を好きでいれるはずがないよ……」
「真理ちゃんは、あの計画が卑劣な事だったって反省して佐藤さん達に謝罪した。それに田中君の説得をきいて実行しなかったのは、自分でもいけない事だって自覚したからでしょ? もし真理ちゃんが今でも反省していないようなら、俺は好きじゃなかったよ。でも違うよね?」
「うん……」
「真理ちゃんの外見も中身も全部好きだよ」
「あっ、あっ、あ……ありがとう……」
真理は真っ赤になってやっと感謝の言葉をひねり出した。
「真理ちゃん、好きだよ。真理ちゃんは俺の事、好き?」
「す、す……」
「『す』って好きの『す』?」
「ち、違……じゃなくて……こ、恋人なんだから、いちいち言わなくたっていいよね?」
「うーん、残念。恋人同士だからこそ素直な気持ちを伝え合いたいんだけどな。でも俺はそんなツンデレな君もかわいいと思うよ」
「なっ…か、かわいい?! わ、私はミス甲北の才媛、美女よ」
「うん。わかってる。だから努力した。ツンをもうちょっと少なくして素直に気持ちを伝え合おうよ」
「じゃ、じゃあ、いっ、一緒に……謝恩会に行って……あげてもいいわよ!」
「うん……まあ、今日はそれで我慢しておくか。素直になってくれるまで俺は離れないからね」
真理は顔を真っ赤にしてズンズン歩いて行ってしまったが、孝之はその後ろを追いかけていった。
◇ ◇ ◇
真理と孝之の様子は、萌達4人にも見えていた。
「あの2人、うまくいくといいね」
「ほんとだな――野村がまた萌にちょっかい出してきたら困るからな」
「悠、何言ったの?」
「何でもない。それじゃ、いっせーので!」
「「「「卒業、おめでとう!」」」」
萌達4人はハイタッチして互いに祝った。
その後、4人は写真館に行き、全員とカップル、ソロでそれぞれ記念写真を撮ってもらった。
その後、謝恩会が夕方始まるまで、悠と萌はリコと萌の部屋で、リコは和人と一緒に和人の部屋で過ごした。
萌とリコは卒業を機に同居を解消する。リコは地元横浜で就職し、実家に帰る。萌と悠、和人は東京で就職が決まっている。
悠は4月に実家を出て萌と同棲を始める。年末年始に萌が青森に帰省した時に悠も付いて行って萌の両親に挨拶して同棲の許しを得た。
「来月から同棲だね。楽しみ」
「うん。萌の両親に許してもらえてよかった。正直言うと、俺、お義父さんに殴られるかと思った」
「そんなわけないじゃん!」
「いやー、めっちゃ緊張した。頑張って貯金しような」
両方の両親とも最初は同棲によい顔をしなかった。だけど2人が200万円ずつ貯金できたら結婚すると説得、何とか同棲を認めてもらえた。
「あ、もうこんな時間だ!謝恩会、行こう!」
萌と悠は大学4年間を思い出してちょっぴりセンチメンタルになった。でも新生活に思いを馳せると期待に胸が高まっていった。