萌と悠が付き合い始めたその日の夜――
「萌~、ただいまぁ~! どうだった?!」
「えっ?! どうだったって?」
「またまたまたぁ、とぼけちゃってぇ~ 必殺! くすぐり攻撃だぁ!!」
「ちょ、ちょ、ちょっと! やめて! わかった、言うから、言うから!」
萌がとぼけると、萌はリコにくすぐられてすぐに降参した。
「えっと……リコが聞きたいのは、その……悠君のことだよね?」
「おおーっ! もう下の名前で呼んでるんだ! 熱いねぇ」
「やだ、からかわないでよ」
「ごめんごめん。真面目な話、付き合うことにしたんだよね?」
「えっと、うん、そう、付き合うことになったよ」
「よかったね! 正直言って、今日はまだ告白しないのかなと思ったよ。なにせ2人ともヘタレだからなぁ。デートの約束した?」
「ううん。でも大学とかバイトでどうせ会うし」
「ダメダメ! デートはまた違うシチュエーションで燃えるでしょ!」
「そ、そう? 明日、大学で聞いてみるよ」
「ダブルデートしようって園田君に聞いてみて」
「ダブルデート?! リコ、彼氏いたっけ?! いつから付き合ってるの? どこの誰?」
「昨日から鈴木
「え、えー?! 聞いてなかったよ! じゃあ、うちのバイト6人中、4人がカップル?!」
「そういうことになるね!」
和人は同じ大学の同じキャンパスの学生で3人と同じ居酒屋のバイト仲間だ。でも萌達とは違って法学部に所属している。
「1番の親友なのに何も教えてくれないってみずくさいよ!」
「ごめん。でも萌と園田君が付き合いそうな大事な時期に相談しづらくって……」
萌は寂しい気持ちもあってリコに怒ったけど、リコに言われたことは心当たりがあった。最近、悠のことばかり頭の中に浮かんできてリコと話す時に上の空なことが多かったのだ。
中学時代から仲のよい2人は、思いのたけを話しつくして寝る前にはもうわだかまりがなくなっていた。
そして翌日、萌とリコはいつも通りに授業に出席しようと講義室に入った。
200人入る講義室の座席は後ろに向かって高くなっている。一番後ろの端っこの席が悠の『指定席』だ。その日も悠が1人でそこに座っているのを萌は見つけて近づいた。
「悠君、おはよっ!」
「あ、も……佐藤さん……中野さん、おはよう」
「ねぇ、前の方に座ろうよ。その方がパワポ、よく見えるしさ」
萌は悠の腕を掴んで講義室の前のほうへ進み、前から3番目の列に座った。
「萌、私、お邪魔虫だから別のとこに座るよ」
「そんな必要ないよ。一緒に座ろうよ」
結局、悠、萌、リコの順で隣同士に座って3人は講義を受けた。
講義が終わると昼休みになった。いつもなら萌はリコと2人で学食に行くけど、今日は3人だ。
リコは萌と悠をまた2人きりにしたいらしい。
「学食、2人で行って来れば? お邪魔虫は退散するよ」
「何言ってるの! 一緒に行こうよ。そうだ! どうせなら、鈴木君にも来てもらえば?」
「えー」
「リコ達のラブラブ振りも見せてよ。そうじゃなきゃずるい!」
「えー、ずるいって……」
「ほらほら、鈴木君だって付き合い始めたばっかりの彼女に少しでも会いたいはずだよ」
リコは『えー』と言いながらも、なんだかんだ言って彼氏に会えるのはうれしいらしく、いそいそとメッセージアプリで和人にメッセージを送った。
萌達3人が学食の入口に着いた時には、和人はもう待っていた。学食が昼時で混んでいても彼はスラリとしていて背が高いので、すぐに見つけられる。
和人の姿を見つけたリコは、目に見えてうれしそうに彼に向かって手を振った。
「早いね!」
「うん、リコに会いたかったから」
「ヒューヒュー」
「ちょっと~、からかわないでよ! そっちだってラブラブでしょ!」
萌達はワイワイ言いながら、壁のモニターに表示されているメニューを見てメニューの相談をし始めた。
「今日、何食べようか」
「今日は魚の気分だから、A定食にする!」
「俺はとんかつのB定食」
4人はトレイを取ってカウンターへ向かって思い思いの料理を取ってレジへ向かった。レジと言っても、学生証や職員証にチャージして払うので、キャッシュレスだ。
レジを出た後、4人はキョロキョロと空いている席を探したけど、学食は昼休みだから学生でごった返して何人も一緒に座れる席を見つけるのは難しい。それでもグルグル学食を回ってなんとか4人一緒に座れる席を確保できた。
「リコと鈴木君が付き合うようになったなんて全然気が付かなかったよ! みずくさいなぁ」
「うん、まだどうなるかわからなかったからね」
「そんなこと言って散々うちらをけしかけてたじゃない!」
「晴れて彼氏彼女になれたんだからいいでしょ!」
2組のカップルは幸せ気分でおしゃべりしながら食べていた。だからガヤガヤうるさい学食でも話を何とか盗み聞きをしようとする人間がすぐ隣のテーブルにいたことに4人は全然気づいていなかった。