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第26話 ドキドキおうちカフェ

 悠とちゃんと話せた日、萌は家に帰ってすぐにリコの都合を聞いた。


「リコ、明日授業の後、園田君が家に来るけど、いい?」


「えっ?! そこまで進展したの?!」


「ち、違うよ! そ、そこまでって何?!」


「付き合ってるんじゃないの?」


「違う、違う!」


「なんだ……ヘタレだなぁ」


「え、何?」


「何でもない。私、出かける用事あるけど、2人で楽しんで」


「な、な、楽しむって何を?!」


『2人で楽しんで』というリコの言葉に萌は真っ赤になった。


「リコも一緒に園田君とコーヒー飲もうよ。用事あるなら、別の日にするよ」


「いいよ。園田君は私には用事ないんだから、お邪魔虫は出かけてるほうがいいの」


「な、何、『お邪魔虫』って?!」


 萌はまた赤面してしまった。



 翌日、悠との約束の時間15分前、萌は外出しようとするリコを玄関で引き留めようと頑張っていた。


「リコォ~、ほんとに出かけるの?!」


「出かけるよ。今日こそヘタレ返上してよ」


「なっ……何、ヘタレって?!」


「2人ともヘタレだよね」


「えっ?!」


 リコはバイバーイと手を振って部屋を出て行った。


                ◇ ◇ ◇


 リコが外出してから5分もしないうちに、悠が萌たちのアパートの前に到着した。萌の部屋がある3階を見上げては、スマホの時計を確認して、それを何度も繰り返した。悠が3度目にスマホを見た時、突然メッセージアプリの着信音が鳴った。


「うわっ?!」


『ヘタレ返上してね!』


「何だよ、中野さん、俺がヘタレ?!」


 メッセはリコからだった。悠は、リコに届かないと分かっていても、スマホの画面に向かって文句を言ってしまった。


「よし! 行くぞ!」


 気合を入れて悠はようやくアパートの中に入り、階段を昇って萌の部屋のドアの前に着いた。チャイムを押す指が震えながらボタンに近づく。悠はガチガチに緊張していた。


 ピンポン――


「はぁ~い」


 ドアがガチャリと開いて萌が顔を出した。


「いらっしゃい! 中に入って」


「あ、ありがと……お、お邪魔……します」


 悠はキッチンの食卓でコーヒーを飲むのかなと思っていた。だけど、予想外に萌の部屋に通されて緊張がマックスになった。


 萌の部屋にはソファはなくて、フローリングの上に敷いたマットの上にちゃぶ台のような小さなテーブルとクッションが置いてあった。


「どうぞ、どうぞ、座って!」


「ありがとう。あ、あの……中野さんは?」


「リコは用事があるって」


「あ、そうなんだ……」


 その後、何を話していいのか、悠は分からずずっと俯いたまま、テーブルの上を眺めていた。時々チラッと上目遣いで見ると、萌ももぞもぞしているのが悠にも見えた。

「あっ、ごめん! 飲み物出してなかった! コーヒーと紅茶どっちがいい?」


「コ、コーヒーでっ」


 悠は思わず声が裏返ってしまった。


「あ、あのっ! これ、ケーキ持って来たんで、中野さんと後で一緒に食べて」


「ありがとう。せっかくだから、今、一緒に食べようよ」


 萌は悠からケーキの箱を受け取り、キッチンへ向かった。すぐにコーヒーをコポコポ淹れる音が聞こえ、萌がケーキを皿の上に乗せて戻ってきた。


「ありがとう。ケーキ3個買ってきてくれたんだね。残りの1個はリコにあげるね。あ、コーヒーできたみたい。ミルクと砂糖いる?」


「ミルクだけで」


「私と同じだね」


 萌が持って来たコーヒーにはミルクの泡が乗っていた。


「これ、どうやったの?」


「牛乳を泡立てる機械があるんだよ。見る?」


 萌はキッチンから小さいポットのように見えるミルクフォーマーを持ってきて悠に見せた。


「これに牛乳を入れて蓋をしてスイッチオンしたら泡が出来上がり! ちょっと高いけどいいよ。前は手に持って泡立てるミルク専用の電動泡立て器を使ってたんだけど、1年もしたらちゃんと回転しなくなって牛乳があんまり泡立たなくなっちゃった」


「へぇ~、そうなんだ。いいね、これ」


「でしょ?」


「触ってもいい?」


「もちろん!」


 悠がテーブルの上のミルクフォーマーに手を伸ばすと、カップの縁に腕が当たり、カップが倒れてしまった。


「あっ! ごめん! こぼしちゃった! 拭くものある?」


 悠は、テーブルから下にコーヒーが垂れないように手でテーブルの縁を抑えた。それでもコーヒーが垂れそうになって自分の脚をテーブルの下に入れた。


 萌が布巾をキッチンから持って来た時には、悠のジーンズの上にコーヒーが垂れていた。


「あーあ、園田君のジーンズまで汚れちゃったね。ちょっと待ってて」


 萌は濡らした別の布巾を持ってきて悠のジーンズを拭こうとした。


「あっ、えっ、えっ、い、いいよっ……じ、自分で、ふ、拭くっ」


 萌の布巾を持っている手首を悠は掴んだ。萌と悠の顔が知らず知らずのうちに近づいていた。


「あっ、あっ、ご、ご、ごめん……」


 一瞬時間が止まったようだった。2人とも自分の心臓の音が相手に聞こえるんじゃないかと思うぐらい、胸の鼓動がうるさく感じた。

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