カフェテリアで薬剤混入疑惑をぶちまけて以来、悠は真理と顔を合わせることがなくすっきりしていた。
それなのにこの日の朝、家を出ると真理にばったり出会った。偶然同時に家を出た体を装っているが、十中八九、真理は悠を待ち伏せしていたはずだ。
「悠! おはよう! これから大学? 私もこれから行くとこなの。一緒に行こ!」
悠は真理に気のない返事をし、彼女のマシンガントークを右の耳穴から左の耳穴へスルーしながら駅へ向かった。
しばらく経つと、悠が聞いていないことにさすがに真理も気付いた。
「ちょっと悠! あんた、聞いてるの?!」
「聞いてない」
「なっ!」
電車ではヘッドフォンをつけて音楽を聴いている振りをして話しかけたそうな真理を無視した。ちょっと罪悪感があったけど、また優しくすると真理は絶対頭に上って悠を顎で使おうとする。もう経験済みだ。
キャンパスに着くと、萌の姿が見えた。
「佐藤さん、おはよう!」
「あ……園田君、おはよう……」
もじもじしながらも萌が挨拶を返してくれて、悠はほっとした。
真理はもう親衛隊メンズに囲まれているけど、野村孝之はその中にいない。でも悠は萌に気を取られていて、そこまで気が付かなかった。
せっかく返事してくれたから、この際、ギクシャクしてるわけを聞こうと思って悠はもう一度萌に話しかけた。
「あのさ、この間……」
「授業、始まるから行くね。ごめんなさい!――リコ、早く行こう!」
「え、ちょっと萌! 待ってよ!」
萌は戸惑うリコを置いて教室へ飛び込んでしまった。でも授業が始まるまでまだ10分もあって、講義室は目の前だ。
その後もなんだか避けられているみたいで、大学でもバイトでも悠は萌とちゃんと話せず、なぜかショックだった。
とうとう悠は、勇気を出してどうしても話を聞いて欲しいと萌に頼み込んだ。最初は渋られてショックだったけど、真剣に頼んだら話を聞いてくれた。
「俺、何か悪いことしたかな? 気が付かないで何かしてたら教えて。今度から気を付けるから」
「ごめん……園田君は何も悪くない」
「でも俺のこと、避けてたよね?」
「あの……酔っぱらっちゃった時の、見られたのが恥ずかしくて……」
悠は、萌の返事を聞いて安心したと同時に一気に気が抜けた。
「あぁ、そんなことだったんだ……安心した……俺、佐藤さんに何かひどいこととか、失礼なことを気付かないうちにしちゃったんじゃないかって気が気じゃなかったんだ」
「そんなことって! 恥ずかしかったのに……」
「あ、ごめん、ごめん。全然、恥ずかしがることないよ。むしろ、無防備なところがかわい……」
「え?」
「あっ、えっと、野村の毒牙にかからなくてよかったなー、なんて思ったんだ」
「『毒牙』なんて大袈裟だよ。私が勝手に酔っぱらっちゃっただけだよ」
「あれは十中八九、野村のせいだろう?」
「でも用心してなかったから自業自得だし……」
「ゼミのグループで飲み物に細工する奴がいるって普通は思わないよ!」
悠は、孝之が真理の命令で萌のチューハイに睡眠薬か何かを入れたと睨んでいる。こんな犯罪紛いのことをやる人間を庇う必要なんてないと悠はカッときて思わず大きな声で反論してしまった。
普段、温厚な悠は滅多に怒らないから、そんな人間が声を荒げると怖い。自分の権幕に萌が気圧された様子に気づいた途端、悠ははっと正気に戻って萌に謝った。
これ以上怒って萌を怖がらせたくないので、悠は萌にじゃあねと言って駅へ向かった。だけど振り返らなかったから、萌がどんな顔をしていたのか悠は知らずじまいだった。