「ねえ、リコ、次の金曜日のシフト、代わってくれる?」
「いいけど、どうして?」
「うん、ちょっと用事があって……」
グループ発表の打ち上げ泥酔事件以来、萌は悠と顔を合わすと意識してしまってちょっと気まずくなってしまった。リコに嘘をついてバイトのシフトを代わってもらうのに罪悪感があったが、それよりも悠への気まずさのほうが勝った。
次のバイトの時、萌は真中店長にシフトのことで話しかけた。
「店長、ちょっといいですか?」
「ああ、いいよ。なんだい?」
「あの……当分園田君と別の日のシフトにしてもらえませんか?」
「うーん、少人数で回してるからちょっと厳しいけど、理由次第かな? 園田君が君に何か意地悪でもしたの? そんなことする奴じゃないとは思うけど」
「いえっ、彼は悪くないんです!私が……そのっ……気まずいだけでっ……」
「なんだ、犬も喰わぬ夫婦喧嘩か?」
「ふっ、ふ、夫婦?!」
「時間経てば自然に仲直りできるよ。でも悪かったほうが素直に謝れば、すぐに仲直りできるけどね。これ、俺んちの教訓。じゃないと、うちのかあちゃん、すっごーく根に持つからね」
ガハハと真中店長は笑って締めくくった。
店長は普段、妻に尻に敷かれていると強調しているけど、奥さんと一緒にいる時の店長は幸せそうで、萌達の目からも理想の夫婦関係に見える。
結局、シフトで店長にそこまで迷惑かけられないと萌は思い、今のままのシフトでいいとお願いを撤回した。
でもバイトでも大学でも萌は不自然に悠を避けてしまうようになってしまった。
この日も大学で偶然会った悠が何か話しかけようとしたのに、萌は挨拶だけでそそくさとその場を立ち去ってしまった。
「佐藤さん、おはよう!」
「あ……園田君、おはよう……」
「あのさ、この間……」
「授業、始まるから行くね。ごめんなさい!――リコ、早く行こう!」
「え、ちょっと萌! 待ってよ!」
萌がスタスタと行ってしまい、リコも悠もあっけにとられ、ばつが悪そうにお互いに視線を合わせた。
授業が始まるまでまだ10分あって教室はすぐそば、しかも萌もリコも悠も同じ授業をとっていて、これはいかにも不自然だった。萌もそれは承知していて、いつになったら前の通りの態度に戻せばいいのか、気まず過ぎて引っ込みがつかなくなってきた。
「佐藤さん!」
「あ、園田君! 私、急ぐんで、また!」
萌がそそくさと立ち去ろうとすると、悠は萌の腕をとっさに掴んだ。
「きゃっ?!」
「あ、ごめん……でも今日は俺の話を聞いて欲しい。ちょっと時間ある?」
「え……私、い、急ぐんだけど……」
「時間とらせない。ちょっとだけ話を聞いて」
悠の真剣な顔を見て萌はここで逃げたらダメと本能で感じた。
「俺、何か悪いことしたかな? 気が付かないで何かしてたら教えて。今度から気を付けるから」
「ごめん……園田君は何も悪くない」
「でも俺のこと、避けてたよね?」
「あの……酔っぱらっちゃった時の、見られたのが恥ずかしくて……」
「でもあれは十中八九、野村のせいだろう?」
「でも用心してなかったから自業自得だし……」
「ゼミのグループで飲み物に細工する奴がいるって普通は思わないよ!」
悠は野村と真理へ怒りが湧き出てきて思わず声を荒げた。自分の権幕に萌が気圧された様子に気づいた途端、悠ははっと正気に戻った。
「佐藤さん、ごめん……声、大きかったよね。話聞いてくれてありがとう。じゃあ、またね」
「えっ、あっ、うん、またね……」
萌はあっけにとられて、去って行く悠の背中をしばらくの間ぼーっと眺めていた。