降雪注意報の出る金曜日、バイトを代わってもらえない悠に自宅に泊まってもらっていいよねと萌はちょっと強引に言いつのってしまった。リコも悠本人を目の前にしてダメとは言いづらく、萌も半ば無理矢理悠を誘った。結局、悠はバイト後に、リコが外泊で萌1人きりしかいない家に来ることになった。
「ごめん、リコ。ちょっと強引だった、かな?」
「うん、正直言えばそうだね。一体どうしたの? まさか?」
「まさかって何?」
「自覚ないの?」
「えっ? 自覚って?」
「ううん、何でもないよ。もう誘っちゃったし、園田君に泊まってもらってもいいよ。萌は私の部屋で寝てね」
「ありがとうー! リコ! 大好き!」
萌はリコに飛びついた。
「うわっ! わかったよ! でももう勝手に人を泊めるって誘うのはなしだよ。事前に相談ね」
そして金曜日――天気予報通りに東京に雪が降った。大学は臨時休講、でも店長は店を開ける。つまり、バイトは休みじゃない。
萌は、雪があたかも他の一切の音を消してしまうように降りしきる雰囲気が好きだ。でも降雪後の雪かきをしなければならないのを考えると、そんな気分は吹っ飛ぶ。夜にガリガリと除雪車で除雪された雪は、道の脇に寄せられて朝にはカチカチに凍って車を出せなくなる凶器と化す。こんな不便の前に情緒なんて吹っ飛んでしまうのだ。
東京では、めったに雪が降らない。降ってもたいして積もらないし、すぐに溶けてなくなってしまう。例え降っても車や電車の音や人ごみのせいで、しんしんと降る雪の雰囲気は味わえない。萌にとって東京の雪は、交通に混乱をもたらす迷惑な存在でしかない。でも雪をめったに見たことのない子供達は、はしゃぎたくなるものなのだ。そのぐらいは萌もわかっている。
そんなことを考えながら家から歩いて萌が居酒屋に出勤すると、悠はもう来ていた。
「園田君、今日、うちに泊まっていいよ。リコは結婚式に呼ばれてて会場のホテルに泊まるからいないけど、園田君が泊まるのは了解だって。私はリコの部屋で寝るから園田君は私の部屋を使って」
「ありがとう。でも中野さんもいないなら、ますます女の子1人の家に泊まるわけにいかないよ。昼までここにいてもいいって店長が言ってくれたから大丈夫。寝袋も持ってきたし」
「でも硬い床の上で寝袋じゃ、背中痛くなるでしょ?」
「心配ありがとう。でも1晩ぐらい大丈夫。それに店長は今日だけ特別朝まで店を開けるかも。それなら俺も手伝うし。もしお客さんがいればだけどね」
そこまで言われれば、萌も引き下がるしかなかった。
いざ開店してみると、萌が予想したよりも帰宅難民らしき客は多く、真中店長はホクホク顔をしていた。元々、年末が近くて最近、週末はいつも混んでいる。
降雪注意報のあるこの日も忙しくてあっという間に時間が経ち、いつもなら萌がバイトをあがる午前0時になっても客はいた。
「佐藤さん、もうあがってもいいよ」
「店長、私、もうちょっといてもいいですよ」
「大丈夫、園田君もいてくれるから」
結局萌はバイトをあがって帰宅することになった。
「園田君、私は帰るけど、バイトあがったらうちに来てもいいからね。遠慮しないで」
「ありがとう。でも大丈夫だから。気を付けて帰ってね」
萌が居酒屋から出ると、雪がアスファルトの上にうっすらと積もり続けていた。雪を踏みしめるなんて、去年の年末年始の帰省以来の感覚だ。
「……ただいま」
萌は、誰もいない真っ暗な玄関に入ってポツンと帰宅の挨拶を自分に言ってみた。
さっとシャワーを浴びてベッドに入るとすぐに瞼が落ちた。いつもなら22時頃にはピークが終わっているのに今日は0時になってもまだ結構お客さんがいたから、萌は思ったよりも疲れていた。