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第11話 降雪注意報

 萌から見ると、悠は大学では陰キャ、バイト先では社交的で、ほとんど二重人格のようだ。


 悠のバイト先の居酒屋が混んで真中店長が料理で忙しいと、悠が店長に代わって同僚達を気遣う。店が暇なときは、店長がバイト達につまらないダジャレをよく話してくるが、みんなが困惑してどう反応していいか分からなくても、悠はちゃんと付き合ってあげている。


 バイトのメッセージアプリのグループでも、シフト交換とか実際的な話だけでなく、たわいもない話をお互いに投稿し合って楽しむ輪に悠も自然に入れている。


 その反対に、大学で悠が人と話しているところはほとんど見かけない。休み時間は大抵、イヤホンをしてスマホで何かしている。唯一、真理が一生懸命話しかけているのを萌は結構見かけるが、悠はあまり相手にしていないようだ。でも最近は、だいたいバイトの件だけだが、萌は大学でも悠とたまに話すようになった。


 こんな風に悠のことを考えてたら、萌は本人に話しかけられてびくっとしてしまった。


「佐藤さん!……あ、ごめん、驚かせた?」


「ううん、大丈夫。ちょっと考え事してただけだから」


「そう、ならよかった。ところで今度の金曜のバイト、代わってくれないかな? 降雪注意報が出てて帰宅できなくなっちゃうかもしれないから」


「私もシフト代わったから、入ってるよ」


「あっ、そうだったね!」


 メッセージアプリでその日のシフト交換について、前日やり取りがあったのを悠は思い出した。


「でも園田君、雪で帰宅できなくなるほどなら、店長も店開けないんじゃない?」


「うーん、それはなさそうだよ。去年もそういうことあったけど店開けてたよ」


「でもお客さんあんまり来ないだろうから、フロアは私1人で足りるんじゃない? 私も結構慣れたから1人でも大丈夫だよ。店長だっているし」


「雪がやむまで店で待つお客さんが案外多かったりするかも。去年もそうだったよ。皆、仕事休みになるわけじゃないから」


「そうなんだ。じゃあリコに聞いてみたらどうかな?」


 でも悠がリコに聞くよりも、萌が直接聞くほうが早かった。


「えー、その日、高校の先輩の結婚式に呼ばれてるんだよね」


「そっかー。じゃあダメだね。でも結婚式から帰って来れなくならない? 大丈夫?」


「大丈夫。先輩が式場のホテルの部屋を用意してくれるって」


「まさか自腹じゃないよね?」


「ううん、だったら死に物狂いで帰るよ。新郎新婦が負担してくれるって」


「リコにはよかったけど、新郎新婦には踏んだり蹴ったりだね。親が出してくれたりしないのかな?」


「うーん、どうだろう? そうでなきゃ、新郎新婦にはすごい負担増だね」


「もしそうだったら、雪がすごく憎くなりそう」


「ほんとだよね。私には他人事だけど、先輩は踏んだり蹴ったり?」


「たった5センチの降雪予報でこんなに大騒ぎするっていうのが、私には理解不能だけどね」


 萌の故郷青森では、1晩で膝の高さぐらいまで雪が積もることもざらだ。だからたった数センチ雪が積もっただけで大混乱になる東京の様子を聞いた時には、萌はびっくりした。でも実際に東京に住んでみると、東京は青森と違って電車や地下鉄網がびっしり広がっていてダイヤも数分置きだから、ちょっとの雪でも交通網が混乱するのは無理もないなと萌も思えるようになった。


 萌が今度の金曜日のことをリコと2人で話していると、悠が来るのが見えた。


「園田君! リコ、結婚式に呼ばれてるからバイト代われないって」


「園田君、ごめんね」


「店で夜明かすから大丈夫。店長もそうするって言ってたし、どうせ次の日、何も予定ないし」


「でも店って横になれるとこないでしょ? 店長も通勤してるんだよね? 店長に送ってもらったらどうかな?」


「あー、店長の家は逆方向なんだよね」


「その日ぐらい送ってくれるんじゃない?」


「でも神奈川から通勤してるから、気の毒だよ。まあ、1晩ぐらいテーブルに突っ伏して寝ても大丈夫」


 それを聞いた途端、萌は思わず家に泊まればいいよと言ってしまっていた。


「ねえ、リコ……園田君にうちに泊まってもらってもいいよね?」


「えっ、まぁ、そりゃ、うちは2部屋あるけど……」


 急に言われたリコは駄目とも言いにくいようで口ごもってしまった。悠もリコのそんな様子に気づいて居心地悪そうにしていた。それを見た萌は気まずくなった。


「1晩ぐらいベッドで寝なくても大丈夫だよ。女の子だけの家に泊まるわけにいかないよ」


「園田君は狼じゃないんだから、そんな心配しなくたって大丈夫でしょ?」


「えっ、お、おお、狼?! そ、そりゃ、そんなわけないけど……泊めてもらうのは悪いよ」


「1晩ぐらいなんともないよ。ね、リコ? 私がリコの部屋で寝かせてもらえば大丈夫だよね? いいよね?」


 萌は、なんだか引っ込みがつかなくなってリコに『大丈夫だよね』と連発してしまった。でもリコは『あ、うん……』と歯切れの悪い返事のままで、どうするかはっきり結論が出ないまま、萌達は悠と別れて帰宅した。

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