週明けの月曜日は、リコの初出勤日だ。萌は普段、23~0時の間に寝ているのだが、その日はリコがバイトから帰ってくるのを待っていた。
リコは萌が寝ているだろうと思ってそっとドアを開けて入って来た。
「リコ、お帰り!」
「わぁっ!! お、驚かさないでよ! 寝てると思ってた」
自室から出て声をかけた萌にリコは驚いて叫んでしまった。
「寝ないで待ってたんだよ。バイト、どうだった?」
「もう脚が棒になった! 久々に立ち仕事だったから6時間は辛かった!」
「休憩ってないの?」
「9時か10時ぐらいまでは忙しいから休憩できないって」
休憩と言ってもキッチンの裏にある物置兼通路にスツールがあるだけで休憩できるのも10分ぐらい。だから前のバイト先のカフェがつぶれて以来、立ち仕事が久々のリコには辛かったようだ。萌も多分そうなる。
そしてやってきた萌のバイト初日の水曜日。
「園田君、よろしくね!」
「こちらこそ!」
店は18時から開いているが、本格的に混みだすのは19時以降。それまではカウンターとテーブル席にある調味料と割りばしのチェックをしたり、テーブルが汚ければ拭いたり、時にはお通しを小鉢に分けるのを手伝ったりする。
注文は今時超アナログなメモ帳に書く形式。萌はテーブル番号と料理の種類・数を間違わないか心配になってしまった。残念なことにその心配は初日にして当たってしまった。それは萌が酔客に絡まれたことから始まった。
「……ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「この人、まだ注文考え中だからその間、ボクとちょっとお話しよ?」
注文する料理を追加するからちょっと待ってと言われるも、何だかんだ言って話しかけてくるだけでそのテーブルの誰も注文する料理を考えていないようだ。とりあえず先に注文されたものだけ受けてまた後で来るとでも言えばよかったのだが、前のバイト先のカフェではもちろん酔客などおらず、久々の接客と言うこともあって萌はすぐにテンパってしまった。
「中野さん、ここは俺が注文とるから他のテーブルお願い」
いつの間にか近くに来ていた悠が萌に小声でそう言って酔客達に『ご注文はお決まりですか』と話しかけた。
そこに間の悪いことに8人で予約していたグループが来店し、あらかじめくっつけておいたテーブル席についた。8人は決して大人数ではないが、初日の萌がグループの注文をさばくのは不安なので、元々悠が担当することになっていたが、悠はまだ酔っ払い達に捉まっていて萌が注文取りに行くしかない。
「すみません! 唐揚げ頼んだんですけど、まだですか?」
8人のグループ客のテーブルに料理が並んでしばらくした後、そのうちの1人が萌に声をかけた。
「えっ、これで全部だったはずですが……」
「いや、唐揚げ頼んだはずだよ――な、そうだろう?」
そのテーブルの他の客もうんうんと肯定した。
「すみません、すぐに追加します」
萌がキッチンにいる店長に唐揚げを追加注文すると、運の悪いことに最後の唐揚げを別の客に出したばかりだった。
「大変申し訳ありません。品切れですので、別のものをご注文いただけないでしょうか」
「ええ~、唐揚げの気分だったのに」
「あそこに唐揚げ出てるじゃん。俺達のほうが先に来たのに!」
酔いもあって客の怒りがどんどんヒートアップしていった。
「佐藤さん、ここは俺が引き受けるから他のテーブルを見てて」
「すみません……」
悠がヘルプに入ってお詫びに1品サービスするということで客の怒りをおさめた。
その後は大きなトラブルはなく、21時をまわると来客のピークが過ぎた。
「はぁ~……園田君、ごめんなさい。迷惑かけっぱなしだったね」
「いや、初日でよくできたほうだよ。俺、終電があるから11時であがるけど、後は店長がサポートしてくれるから大丈夫」
「そうだといいけど」
「大丈夫!」
もじゃもじゃ頭のまんまる顔の悠が微笑むと、ただでさえ細い目が糸のようになる。決してかっこいいわけではないのになぜか萌はどきっとした。