途中で二〇二に寄り、これまでに見つけた証拠品や手がかりを持ってきた。
中に声をかけることなく扉を開けて、室内へ足を踏み入れる。
「ユキヤ、ミソラ」
リビングではミソラが遅い朝食を取っており、奥の部屋にはあいかわらずデスクチェアに座ったユキヤが見えた。
振り返った彼がこちらを見て言う。
「何だ? みんなして」
「タケフミさんが自殺した」
冷静にリュウセイが伝えると、ユキヤは表情を崩すことなくわずかに目を丸くした。
ミソラは「さっきの音、やっぱりそうなんだ」と、何でも無いことのように言う。
テーブルの上に置かれた小型機器を隅へ寄せ、ショウとリュウセイはそれぞれに手にした証拠品や手がかりを並べた。
「やっと犯人が分かったよ。それについてこれから話そうと思う」
マヒロとナギが不安そうに顔を見合わせ、ミソラは無言でビスケットをかじった。
「へぇ。誰が犯人なんだ?」
腰を上げたユキヤが挑発するように問いかけ、リュウセイは電波時計を確認した。時刻は午前九時三十八分。
「話を始める前に、俺たちはハルトさんからこんなことを言われた。『人間は間違う生き物だ。簡単に嘘をつくし、無意識に矛盾する。勘違いや誤解もするし、価値観が違えば見方は変わる』と。彼は人間をよく分かっていたらしいね。どうか彼の言葉を念頭に置いて、俺の話を聞いてほしい」
返事をする者はいなかったが、それを了解と受け取ってリュウセイは話に入った。
「始まりはコンシェルジュロボットが落ちた夜。あの日、キリさんは不機嫌そうに『くだらない』と言って、真っ先に部屋へ戻った。何故なら誰がロボットを落としたのか、彼女には分かっていたからだ。しかし、それは彼女の思い違いだった。別の人物によって彼女は殺害されてしまった」
リュウセイの声とミソラのビスケットをかじる音だけが聞こえる。
「キリさんは最初、眠っている間に殺されたのだと思った。でもサイドテーブルに置かれたマグカップの、ちょうど影になる辺りに血が付いていてね。本来ならマグカップの方に付くはずの位置だった。つまり殺害された時、そこにマグカップは無かったことになる。では、どこにあったのか? 床だよ。彼女は就寝前にハーブティーを飲む習慣があった。その時に犯人から刺され、ハーブティーの入ったマグカップが床へ転がったんだ」
補足するようにショウは口を開いた。
「あの部屋に入った時、変な匂いがしたんだ。血の臭いだけじゃない、青臭い匂いだった」
「犯人はマグカップをサイドテーブルに置き、彼女の眼鏡も外して置いた。しかし、部屋にはハーブティーの香りが残ってしまっている。時間が経てば薄れるだろうけど、念には念を入れて外からドアガードをかけた。ドアガードがかかっていれば、何度も扉を開け閉めしたり、開けっ放しにするから、それで少しでも匂いを逃がそうとしたんだ」
「実際にあの日はサクラとタケフミが、何度も扉をガチャガチャやってたからな。ただし、オレの鼻はごまかせなかった」
「彼女は飲み終わってから茶葉を食べるつもりだったんだろうね、マグカップの底に茶葉が残っていた。その証拠に、ベッドの下で茶葉の一部を見つけたよ。これはミソラくんが育てているもので間違いなく、キリさんがハーブティーを飲んでいる時に襲われたことの証明になる。この花びら、みんな見覚えがあるよね?」
リュウセイが示した花びらに全員が注目し、マヒロが「ローズペタルだ」と、小声で肯定した。
「だけど就寝前なんてプライベートな時間だ。寝室へ入れる人間は限られている。だから犯人は彼女が眠っている間に殺されたことにしたかった。そのために侵入者の存在を作り出そうとして、昼間に食料を盗んだんだ。どこかに潜んでいる誰かがやったことにすれば、犯人を探そうとする人はいないと思っていたんだね」
自分たちの行動を振り返ったのか、ナギが「探してたの、ショウくんとリュウセイくんだけやった」と、気まずそうにした。
「そう、俺たちだけだった。犯人にとって、俺たちの行動はさぞかし邪魔だったことだろう。でも殺すことはなかった。俺たちの知らない何かがあったからだ。それさえバレなければいい、ということだったらしいね。
話を戻して、どうして就寝前に殺害したのかについて話すよ。それは彼女の油断を誘うためでもあるし、彼女に何か確かめたかったことがあったからではないか。その結果、殺害することにしたんだ」
「何を確かめたかったんだ?」
ユキヤの問いにリュウセイは即座に答えた。
「たぶん、彼女の考えじゃないかな。どうしても変わらないのか、考え直す気はないか、とかね。返答次第では殺されずに済んだかもしれない。犯人にはそうした、温情のようなものがあったんだと思うよ」
「優しさじゃなくて、気の迷いだった可能性もある」
と、ショウが口を挟めば彼はうなずく。
「そうだね。こればかりは犯人に聞いてみないと真実は分からない。さて、次はサクラだけれど、彼女はキリさんと仲が良かった。そのために誰がキリさんを殺したのか、思い当たる人物がいたんだろうね。俺たちにキリさんの人となりを教えてくれたよ。正義感が強く、不正を許せない人だったと」
リュウセイはマヒロに顔を向けて言う。
「マヒロもキリさんは女性のリーダーだったと話していたね。タケフミさんも彼女はここでの暮らしをよくしようとしていたと言っていた。そんな彼女が侵入者を探そうとせず『くだらない』と一蹴したことで、サクラはぴんと来てしまったんだ。それで犯人探しを始めた俺たちに、どうにかして手がかりを与えたかった。しかし、彼女もまた思い違いをしていたらしい」