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1 すべて分かった

 今朝も晴れだった。気温はやたら高く、ソファで眠っていたショウは暑くて目が覚めた。

 まだリュウセイは眠っているらしく部屋の中は静かだ。

 ゆっくりと体を起こし、ショウはあくびをした。何か夢を見たような気がするが思い出せない。いつもそうだ。現実に戻ってきた途端、夢はどこかへと消えていく。それはまるで幼い頃の思い出のように。

「そうだ、はじき絵だ」

 急にひらめいてソファから下り、テーブルへ置いた宇宙船の絵を手に取る。

 すると寝室の方から声がした。

「うぅん……」

「リュウセイ、起きろ。見る方法が分かったぞ」

 と、手にした絵をひらひらと振ってみせる。

 目を覚ましたリュウセイはもぞもぞと動いてから、サイドテーブルに置いた眼鏡へ手を伸ばす。

「何だい、朝から」

「だから見る方法が分かったんだよ」

「えっ、本当に!?」

 すっかり目を覚ましたリュウセイは眼鏡をかけながらベッドから飛び出してきた。

「どうすれば見えるようになるんだい?」

「後で説明する。それより、さっさと朝飯食うぞ」


 朝食と着替えを終えた二人は、ハルトのアトリエへ来ていた。時刻は午前九時過ぎだ。

「あったよ、道具」

 リュウセイが棚から筆と筆洗い用バケツ、パレットを取り出した。

「ありがとう。絵の具はあるか?」

「ちょっと待ってね」

 と、雑にしまいこまれた画材の山から絵の具を探す。

「これ、使えるかな?」

 リュウセイが見つけたのは使われた形跡のある黒の絵の具だった。ショウは軽く押してみて中の絵の具が固まっていないことを確かめた。

「大丈夫そうだ。さっそくやるぞ」

 リビングへ戻り、テーブルの上に裏返しておいた宇宙船の絵のそばへ道具を置く。

 キッチンのシンクで筆洗い用バケツに水を入れて振り返ると、リュウセイが不思議そうにしていた。

「はじき絵だっけ? 原理としては理解できるんだけど、本当に見えるようになるのかな」

「まあ、見てろって」

 ショウはバケツを空いたところに置き、パレットに黒の絵の具を少しだけ出した。水につけた筆で十分に伸ばしてから、真っ白な画用紙を上から塗りつぶし始める。

 クレヨンの油分が水を弾き、白で書かれた部分が浮び上がっていく。

「おお」

 感嘆の声を漏らすリュウセイにかまわず、端から端まで塗り終えた。現れたのは数字だった。

「4、30、10?」

「横になってるな。何か意味があるのか?」

 長辺を縦に、大きく三つの数字が横並びに書かれていた。その少し下には小さめに書かれた数字が並んでおり、92、41、23、412とある。

 はっとひらめいたリュウセイが手を出し、画用紙を回して正しい向きで読めるようにする。それから左手で右の端をそっと持ち上げた。隙間から表の絵を見て確信を得る。

「ああ、これだ。すべて分かった」

「どういうことだ?」

 リュウセイは左腕の時計に目をやり、時刻を確認してから言った。

「説明したいところだけど、もう時間が無い。すぐに片付けて部屋へ戻ろう」

「分かった」

 ショウは手に持ったままだった筆をバケツに突っ込み、シンクへ持って行った。蛇口をひねって水を出す。

「一応、これで手がかりはそろったし、犯人が導き出せるわけだけど……うーん、少し足りない気もするなぁ」

「どういうことだ?」

「読者への挑戦状だよ。作中にすべての手がかりを出して、犯人を指摘できるようにしておくんだ。そして読者へ向けて、犯人は誰か当てられるかって問いかけるんだけど、今の状況でそれを出せるかどうかっていう話」

 ちらりと振り返ると彼は悩みながらも楽しそうにしていた。あいかわらず不謹慎な男だ。

 筆を水で洗いつつ、ショウは呆れた声を出す。

「よく分からんが、ふざけてないでそいつを乾かしてくれないか?」

「ああ、そうだった。ごめんごめん」

 と、リュウセイは笑いつつ絵を両手に持って窓辺へ向かった。今朝も気温が高いため、ベランダに出しておけば数分もせずに乾くと思われた。


 二階へ下りると不安げな顔をしたマヒロとナギに遭遇した。

「ショウ、リュウセイ! タケフミさんがいないの、どこにいるか知らない?」

「いや、オレたちは知らないが」

「何か嫌な予感がするんや」

 と、ナギが泣きそうになりながら言った直後だった。近くで銃声のような発砲音が聞こえた。

 はっとしてリュウセイは叫ぶ。

「駐車場だ!」

 急いで階段を下り、ハルトの遺体を置いていた駐車場へ向かう。

「タケフミさん!」

 遺体のそばにタケフミが座り、ぐったりと壁にもたれていた。

 ショウはすぐに近くへ寄って彼の呼吸を確かめる。銃弾は後頭部を貫いたのだろう、壁にべっとりと血が付いている。どうやら銃口を口にくわえて撃ったらしい。

 右手には拳銃が握られたままだった。呼吸はもちろん、心臓も止まっていた。

 後ろから様子を見ていたリュウセイが言う。

「自殺だね」

「ああ。やっぱりハルトがいなくなって辛かったんだろうな」

 昨日の夕方、静かに涙を流し続けた彼を思い出し、ショウは苦い気持ちになる。

 リュウセイが「二〇八号室へ急ごう」と、肩をたたいた。うなずき返して立ち上がり、彼の後に付いて行く。

 リュウセイはマヒロたちにも声をかけた。

「君たちも一緒に来てくれるかい? 犯人が分かったんだ」

「えっ」

「ほんま?」

 驚く彼女たちへうなずき返して階段へ向かう。頭の中でなんとなく推理は固まっていたものの、ショウはあまり気乗りがしなかった。

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