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8 どっちつかず

 画面が切り替わり、ホームへ移動した。開けた。

「ありがとうございます、タケフミさん」

 と、リュウセイが喜びの声を上げ、ショウはたずねる。

「四桁の数字は?」

「十月二十日、俺とハルトが初めて出会った日だ」

 答えながらスマートフォンをショウへ渡し、タケフミはとうとう目に涙を浮かべる。二人の出会いを大切にしていたであろうハルトの想いが、ついに彼の悲しみを刺激してしまったらしい。

「ありがとう」

 ショウが礼を言うと、タケフミはぽろぽろと涙をこぼしながら頭を左右へ振った。

「かまわないでくれ。こっちこそ、ありがとう」

 泣き顔を見られたくないのか、タケフミがうつむく。

 彼は嗚咽おえつこそ漏らさなかったが、二人はその場を離れられなかった。今にも消え入りそうな気がして、ハルトの儚い横顔と重なって見えた。


 部屋へ戻ると、窓の外に夕焼けが広がっていた。リビングにはもうほとんど光が届かない。

 ショウは椅子に座り、さっそくハルトのスマートフォンを調べ始める。予想した通り、インターネットにつながっていた。

「やっぱりつながってるな」

「インターネットに?」

「ああ」

 リュウセイは後ろへ回り、画面をのぞき見る。

「すごいな、今でも使えるんだ」

「でもダメだな、初期化されてる。個人情報につながるものは全部消してるっぽいな」

 ホームに並んだアイコンを一つ一つ開いて確認していくが、どれもまっさらな状態だった。

「クソ、これじゃあ何もできないじゃねぇかよ」

 毒づくショウへリュウセイが口を出す。

「画像も残ってなかったのかい?」

「ああ、無いな。クラウドにあるかもしれないが今でも使えるとは思えないし、使えたとしてもパスワードもIDも分からないからログインできねぇ」

「ということは空振りか」

 と、リュウセイも肩を落とし、いつもの席へと戻った。

 スマートフォンを半ば投げ捨てるようにテーブルへ置き、ショウはため息をつく。

「やっぱり、あの絵の裏側を見ないとダメっぽいな」

「見えるようになる方法、スマホで調べられないかな?」

「やってみてもいいが、充電が残り十パーセントしかない。満足に調べる余裕は無いだろうな」

「それならユキヤに……と思ったけれど、彼にはインターネットが使えないって言われてるんだったね。嘘だったことがバレてしまう」

 彼が苦笑し、ショウは眉をひそめながら同意した。

「非難するつもりは無いけど何を言われるか分からないし、やめておいた方がいいだろうな」

 昨夜はリュウセイが危うく怒りを買うところだった。下手に関係を悪化させたら余計な混乱を招きかねないため、ユキヤを敵に回さずに済むならその方がいい。

「そうだ、発電機ならマヒロも持ってるじゃないか。貸してもらえないかな?」

「ああ、その手があったか。でも、充電するためのケーブルが無いぞ」

「そうだった。ユキヤの部屋で充電してたくらいだし、あとは……あ、キリさんの部屋になかったっけ?」

「残念だが端子が違う。あれじゃあ充電できない」

「万事休す、か。結局、自分たちで考えるしかなさそうだ」

 と、リュウセイはため息をついて席を立った。

「とりあえず夕飯にしようか」

「そうだな、考えるのはその後だ」


 夕食を終えてから順にシャワーを浴びた。水しか出ないためにリラックスとまではいかないものの、気分はいくらかすっきりする。

 脱衣所で服を着ていると、玄関の方から声がした。

「リュウセイくん、ちょっと話したいことがあるんやけど」

 ナギだ。リビングにいたリュウセイがすぐに応対に出た。

「何かあったのかい?」

 と、扉を開ける。

「あの、その……昨日のことでな、気になることがあったんやけど、なかなか話すチャンスがなくて」

 察しのいい彼は返す。

「もしかして、ミソラくんが階段から突き落とされたことに関してかい?」

「あの時、駆けつけたのはうちらが先だったやろ? その後、ハルトさんがにゅっと出てきたねん」

「それはどういう意味かな?」

「なんて言えばええんやろ、足音がなかったというか……とにかく、ハルトさんがミソラくんを突き落としたんは間違いない。何か変やったんやもん」

「そうか、ありがとう。タケフミさんの様子はどう?」

「やっと落ち着いたみたいやね。もう大丈夫って言われたさかい、今から部屋に戻るところや」

「大丈夫ならいいんだ。二人に任せちゃってすまなかったね」

「ううん、気にせえへんで。それじゃあ、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 ナギが廊下を歩いて行き、リュウセイが扉を閉める。

 タオルを頭に乗せたままショウは脱衣所から出た。

「ナギが嘘を言ってると思うか?」

 振り返った彼は横へ首を振った。

「いや、思わないね。ミソラくんを突き落としたのはハルトさんで間違いない」

「そこだけは本当だったんだな」

 はたと気付いたような顔をしてリュウセイはリビングへと歩き出す。

「そうすると、遺書には嘘と真実が混ざってることになるのか。どうも腑に落ちないなぁ」

 同感だった。あらためて遺書について考えてみる必要がありそうだが、ショウはこうも思った。

「あいつはグレーなんだろ? あえて本当のことを混ぜて、どっちつかずにしただけかもしれない」

「ありうるね。ハルトさんならやりそうな感じがする」

 彼の後を付いて戻り、ランタンの明かりが照らすテーブルの上を見やる。

「まったくややこしいやつだ」

「分かりにくいよねぇ。でもたぶん、彼は俺たちの味方なんじゃないかと思うよ」

 リュウセイがゆっくりと椅子に腰を下ろし、ショウも向かいへ腰かけた。

「そういうことにして一から考え直すか」

「ああ、そうしよう」

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