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7 タケフミの話

 扉をノックすると、すぐに「入っていいよ」というマヒロの声がした。

「お邪魔します」

 それぞれに声をかけつつ玄関へ入り、靴を脱いで上がった。

 リビングではマヒロが遅い昼食を取っており、リュウセイはたずねる。

「タケフミさんの調子、どう?」

「だいぶ落ち着いてきたよ。今はナギが見てる」

 寝室の扉は開け放されており、ベッド脇の椅子に座ったナギの背中が見える。タケフミは上半身を起こして、彼女と何か話している様子だ。

「タケフミさんと話がしたいんだけど、大丈夫かな?」

「たぶん大丈夫だと思う。行ってみて」

「分かった」

 リュウセイの後に付いて寝室へ顔を出すと、すぐにナギが振り返った。

「どうしたん? 何か用事?」

「うん、タケフミさんに話があるんだ」

 ナギが顔の向きを戻す前にタケフミが言う。

「かまわない。ナギは少し休んでてくれ」

「分かった」

 ナギが立ち上がり、リュウセイとショウは彼の方へ進んだ。

 椅子は二つ並んで置かれてあった。それぞれに腰かけてからリュウセイは言う。

「心の整理はつきましたか?」

「……どうにか」

 と、答えるタケフミの表情はまだ暗い。

「それじゃあ、辛ければ話さなくていいです。ですが、タケフミさんに聞きたいことがいくつかあるので、協力してもらえますか?」

「分かった。できるかぎり答えよう」

 いつもの迫力は影もなく、すっかりしおれてしまっている。

 リュウセイは彼を刺激しないよう、言葉を選びつつたずねた。

「まずはキリさんについて聞かせてください。彼女は他の住人とトラブルになっていませんでしたか?」

「……いや、知らないな」

「彼女から相談を受けたりは?」

 タケフミは頭が痛むのか、額に片手をやった。

「はあ……むしろ、彼女とトラブルになっていたのは俺だ。分配する食料の量がおかしいとか、もっと考えるべきだとか、とにかくいちいち口を出されてうんざりしてた」

「でも、お前は彼女を殺してないよな?」

 と、ショウがたずねるとタケフミは投げやりに答えた。

「ああ、たぶんな」

「タケフミさん、ちゃんと答えてください。俺たちはあなたが犯人では無いと信じているんです」

「そうだったか……。ああ、俺はやってない。俺じゃないよ」

 と、額に置いた手を力なく膝へ下ろした。

 ほっとしてリュウセイは質問へ戻る。

「そうですよね。じゃあ、キリさんを追い出さずにいたのはどうしてですか? よくトラブルになっていたんでしょう?」

 タケフミは重々しく息をついた。

「追い出せるわけが無いだろう。公民館に地下シェルターがあるってこと、教えてくれたのは彼女なんだ」

 ショウははっとして聞き返す。

「非常食がたくさんあった、あの?」

「それだけじゃない。他にも食料が隠されてた場所をいくつも見つけてくれた。勘のいい彼女のおかげで、俺たちは今まで生きてこられたんだ」

 今や彼しか知らない事実だった。

「確かにトラブルはあった。何度だって言い争いになった。けどそれは、彼女なりにここでの暮らしをよくしようとしてるからだってことも、俺は知ってたんだよ。彼女は悪いやつじゃなかった。言い方がちょっときついだけで、いいやつだったんだ」

 何か思い出したのだろう、タケフミが声を詰まらせた。リュウセイは気付きながら次の質問をする。

「それじゃあ、サクラとはどうでしたか?」

「サクラは……彼女は優しいやつだった。自分から手伝いを買って出るようなやつだった」

「彼女との間にトラブルは?」

「無いよ。あんないい子が殺されるなんて、ひどいと思ってるくらいだ」

 タケフミがうつむいて泣くのをこらえるような顔をする。これ以上たずねてもいいものかどうかと躊躇するショウだが、リュウセイは冷静に質問を続けた。

「キリさんとサクラ、二人に共通するトラブルなどを見聞きしたことは?」

「無い。まったく何があったか、分からない」

「そうですか。他の人たちと問題になったこともありませんか?」

「……喧嘩みたいなことはあったと思うが、どれも大したことじゃなかった。俺はリーダーだけど、すべてを把握してるわけでも無いしな」

 と、皮肉めいた笑みを浮かべる。

 リュウセイは一呼吸置いてから話し始めた。

「ハルトさんのことなんですが、俺たちは彼が真犯人をかばって死んだと考えています」

「真犯人?」

「ええ。何かハルトさんから聞いてませんか?」

 青白い顔になりながらタケフミは首を左右へ振った。

「何も聞いてない。まったく心当たりも無い。何で、かばって……あいつが? 誰を?」

「俺たちが突き止めます。だから落ち着いてください」

「あ、ああ……すまない。でも、でも……」

 と、混乱した様子を見せるタケフミだったが、ふいに思い出したように言う。

「そうだ。昨日の夜、ハルトが言っていた。真実は見たい人だけが見ればいい、と」

 二人は顔を見合わせた。現時点で見えていないのは、やはり動機である。そして宇宙船の絵の裏に描かれた何か。

 ショウはふとひらめいて、ボディバッグからハルトのスマートフォンを取り出した。

「これ、ハルトのスマホだよな?」

 タケフミが「ああ、あいつのもので間違いない」と、うなずく。

「ロックがかかってるんだが、暗証番号は分かるか?」

「……中を見たいのか」

「ハルトが何を考えていたのか、どうして真犯人をかばうような真似をしたのか、知るために必要なんだ」

 ショウの真剣な眼差しが届いたのか、タケフミがそっと手を伸ばしてスマートフォンを受け取った。

「四桁の暗証番号か」

 左手に持ち替えてから、画面に並ぶ数字を押す。一度目は失敗だった。

「違うか……それなら」

 次に入力した番号も違ったようだ。タケフミが困り果てた顔で悩みながら、おそるおそると数字を押した。

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