ゼリー飲料を飲み終えて廊下へ出ると、エレベーターの方向に赤い光が見えた。ビービーと警告音らしきものを発しており、そのすぐそばに誰かがいるようだ。
「あれは?」
たずねたショウへリュウセイが答えた。
「コンシェルジュロボットだよ。今は二階と三階を巡回してるだけなんだけど」
「またあいつ捕まってるのか」
タケフミが呆れ半分に言ってそちらへ駆けていく。
「ハルト」
「ああ、タケフミ。助かった」
人型ロボットの前でまごついていた人物が、タケフミに手を引かれてやってきた。
「新入りに顔を見せようと思ったら、捕まっちゃって」
と、ハルトと呼ばれた長身の男がうっすらと苦笑する。年齢は三十代前半ですらりとした
ロボットは警告音を止めると二本足で歩行し始めた。身長は百六十センチほどだろうか、動きは緩慢でどことなく
「顔認識機能がバグってるんでしたっけ?」
「ああ、ユキヤが何回直してもダメだってぼやいてた」
リュウセイとタケフミがそんな会話をかわし、ハルトが穏やかに名乗る。
「僕はヤノ・ハルト。よろしく」
「イチイ・ショウだ」
「それで、部屋はどこになるの?」
「すぐそこ、俺の隣の二〇三です」
リュウセイが答えるとハルトはうなずいた。
「ああ、そうなんだ。じゃあ、まずはゆっくり休んでね」
にこりと微笑みかけてから、ハルトは来た道をのんびりと戻って行った。ロボットと鉢合わせるのが嫌なのだろう。
するとタケフミが左隣へ向かい、二〇三号室の扉を大きく開いた。
「さあ、ここが今日からお前の部屋だ」
ショウはリュウセイにうながされて歩いて行き、中へ入った。
玄関には三足の靴があり、ショウたちはそれぞれに履き物を脱いで上がった。
短い廊下の奥にリビングダイニングと思しき部屋があり、テーブルの上にランタンが一つ置かれていた。リビングはキッチンとつながっていて、思ったよりも広さがある。
「タケフミさん、少し汚れてたので掃除しました」
キッチンのシンクで雑巾を絞っていたサクラが言い、タケフミは確認する。
「ありがとう、サクラ。ベッドとシャワーは使えるか?」
「バッチリですー」
声がしたのは廊下の方だ。浴室を見ていたであろう女性がやってきて、サクラの隣へ並んだ。
「うちはヒロセ・ナギ。シャンプー残ってたから、遠慮せんで使ってな」
関西の方言だったが、おっとりした口調でやわらかい印象だ。ショウと同年代で身長はサクラよりも若干低く、セミロングの髪を後ろでひとつ結びにしている。
「ベッドメイキングも終わりましたよ」
と、奥の部屋から出てきたのは眼鏡をかけた女性だ。年齢は三十歳前後でそこそこ背が高く、ややキツめの顔立ちをしていた。ショウの方へ顔を向け、どことなく圧のある口調で言う。
「はじめまして、私はニシウラ・キリです」
「は、はじめまして。イチイ・ショウです……」
思わず
ランタン一つでは心もとないが、六つもあると互いの顔がよく見えた。リビングダイニングの先に扉が二つあり、間取りが2LDKらしいことも分かってくる。
そこへ七つ目のランタンが入ってきた。
「わっ、みんないる」
部屋の入口あたりで立ち止まったのは背の高い二十代半ばと思しき女性だった。中性的なショートヘアでボーイッシュな雰囲気だ。
振り返ったリュウセイはすかさずそちらへ寄った。
「マヒロ、ちょうどいいところに。新入りなんだけど、下着と靴がないんだ。いいもの持ってないかい?」
「えっ、どうだろう」
困惑したように返しつつ、女性がショウのそばへ来た。
「はい、これ」
と、両手に抱いていたものをテーブルの上へ置く。汚れ一つない綺麗な衣服だ。
「わたしはササキ・マヒロ。あなたの靴のサイズは?」
「えっと、二十六」
「分かった。探してくるから待っててね」
そう言ってマヒロはさっさと出て行った。
何が起きているのか状況を把握しそこねるショウへサクラが言う。
「マヒロさんはみんなの衣服の面倒を見てくれてるんです。といっても、前に住んでいた住人の物を勝手に取ってきて、使ってるだけなんですが」
「放置されとったマンションやからね。みんな宇宙船に乗ったんかも知らんけど」
「私たちは残されたものをありがたく使わせてもらっているのよ」
ナギとキリの説明に納得し、ショウは返した。
「じゃあ、本当に遠慮はいらないんだな」
「ああ、お湯は使えないが水は出るしな。今の時代、ここ以上にいい環境はないだろう」
「困ったことがあればタケフミさんに相談すればいいし、すぐ隣に俺もいるから安心してね」
彼らの言葉にほっとすると同時に、疑問を口にせずにはいられなかった。
「何で、こんなによくしてくれるんだ? というか、ここは何なんだ?」
「ここはメゾン・ド・サンパティ、ナギがさっき言ったようにマンションだ。今は九人、お前を含めて十人になるが、みんな助け合って暮らしてる。食料は十分にあるから、お前が望むならずっとここにいてくれていいんだぞ」
「ずっと?」
「ああ、そうだ。他の住人に迷惑をかけなければ、それだけでいい」
「……そっか、分かった。ありがとう」
胸に温かなものが込み上げてくる。こんな気持ちになるのは何年振りだろうか。まだ自分が人間であり、人間のコミュニティに属せたことが残酷なほどに嬉しかった。と同時に皮肉でさえあった。
「それじゃあ、ひとまず俺たちは戻ろう。ショウ、ゆっくり休めよ」
「うん」
タケフミたちがぞろぞろと外へ出て行くのを見送り、一人になったところでランタンをテーブルへ置いた。ため息とともにその場に座り込む。
「やっと見つけた……やっとだ」
片手に握っていた鞄をぎゅっと胸に抱きしめてから、そっと開く。
中に入っていたビニール袋を取り出し、安堵した。巾着袋に入っているおかげで中身は無事だった。