「はい、着いた。ここ、二〇二号室が俺の部屋ね」
眼鏡の男が扉を大きく開け、タケフミはショウをその場で下ろした。
「それじゃあ、俺は食べるものを取ってくる」
「はーい」
すぐにタケフミが廊下を進んで行き、眼鏡の男はショウの肩に手をやって中へと入らせた。
「立ってるの辛いでしょう? 座ってていいよ」
と、玄関マットに座らせてくれる。扉が閉まると暗く、彼のランタンがかろうじて照らしていた。
「ちょっと待っててね」
男が部屋の奥へと入って行き、ショウは背中を丸めてうつむいた。濡れた靴から水が滴り、玄関に水溜まりを作っていく。
三十秒ほどで彼は戻ってきた。
「着替えられるかい?」
「……下着と靴も、脱いでいいか?」
「あー、かまわないけど替えがないんだよなぁ。後でマヒロに相談しとくよ」
言いながら男はショウの隣へ服を置いた。
「いや、スリッパならあるかも。ちょっと待っててね」
と、再び奥へ消えていく。
ショウはすぐに鞄を下ろして服を脱いだ。先ほど拭いてもらったものの、絞ればまだ水が出てきそうだ。
気持ちまでぐっしょりとしながらも、暗闇の中で目をこらして乾いた服に着替える。下着も脱いでしまったので変な感じだが、思えば最後に下着を替えたのはいつだったろうか。
「あったあった。新しい靴が見つかるまで、これ使って」
男が戻ってきて新品同様の綺麗なスリッパを置いた。
「……ここの人たちは、優しいんだな」
言いながらボロボロの鞄をぎゅっと握る。男はショウの気持ちなどおかまいなしに言った。
「まあね。この服、まとめて捨てちゃっていい?」
「うん」
「おっと、靴も捨てちゃおうねー」
先ほどまでショウの身につけていたものをまとめて持ち上げ、さっとゴミ箱へ捨てて戻る。その間にショウはスリッパに足を入れた。
「さて、そろそろタケフミさんが戻ってくるはずだけど」
と、男はショウの隣に腰を下ろした。膝の上にランタンを置いたことで、彼の左手首に着けた電波時計がはっきりと見える。今日は四月二十五日だった。
「遅いなぁ、何かあったのかな?」
「……あ、あの」
「ん、何だい?」
「お前の名前、まだ聞いてないと思って」
「ああ、俺はカヤキ・リュウセイだよ」
にこりと気さくな顔で笑ったリュウセイへショウは言う。
「服、貸してくれてありがとう」
「うん。それよりショウくん、前髪だけでも切らない? 何も見えないでしょ」
「えっ、ああ……」
指摘されて初めて、旅をしている間に
「待たせたな」
と、タケフミの声がして扉が開く。
「何かあったんですか?」
すぐにリュウセイがたずね、タケフミは扉を片足で止めつつ答えた。
「ああ、数が合わなくてな。後でもう一度確認するが、盗まれたのかもしれない」
「えっ。そんなことするやつ、います?」
「分からない。とりあえず、しばらく固形物を食べてないようだから、これで」
と、タケフミがショウへ差し出したのは非常食用のゼリー飲料だ。すでに蓋は開けられており、細かな気遣いが嬉しかった。
「ありがとう」
「気にするな。ショウの部屋なんだが、隣の二〇三にしよう」
「中の様子ってどうなってるんですか?」
「今、サクラたちが確認してくれている。あと、ミソラがユキヤにランタンをもらいに行った」
ふとショウはタケフミの提げたランタンへ視線をやった。察したリュウセイが説明をしてくれる。
「ここではランタンが必需品なんだよ。電気が通ってないし、今日みたいな天気の日だと薄暗くてしょうがない」
「なるほど」
ショウはゼリー飲料を口にした。久しぶりに舌へ刺激が与えられると、生きていることを無性に実感する。
するとミソラの声がした。
「お話中、失礼しまーす」
タケフミが振り返って場所を譲り、ミソラに連れて来られた男が中へ入ってきた。
背丈はショウとあまり変わらず、年はリュウセイと近いらしい明るい雰囲気の好青年だ。
「新入りってのはお前か。俺はシイバ・ユキヤだ」
その手にあったのはランタンだ。リュウセイが持っているものと形が似ていた。
「これをやるから使ってくれ」
「……あ、ありがとう」
思いがけないことに少しぼーっとしながら、ショウは片手を伸ばして受け取った。するとユキヤがにやりと笑う。
「プロテインバー二本、後払いでな」
「え?」
戸惑うショウへすぐにミソラが言った。
「気にしないでいいよ。ユキヤってば、すぐに対価を要求するんだから」
「当然だろ? 誰が発電してると思ってるんだ」
ユキヤの言葉にはっとした。電気が通っていないのにLEDランタンがある。おそらくは全員分だ。
ショウは彼を見上げながら問う。
「お前、電気作ってるのか?」
「ああ、俺の部屋には発電機があるんだ。あとソーラーパネルも使って、必要な電力をまかなってる」
「すげぇ……」
静かに感激するショウへ、ユキヤはにっと笑った。
「機械のことなら何でも相談してくれ。いつでも力になるぜ」
「うん、ありがとう」
「そんじゃあ、またな」
と、彼はミソラを連れて出て行った。
膝の上に置いたランタンの温かさを感じつつ、ショウはつぶやいた。
「マジですげぇな……」
また泣きそうになり、鼻をすすってごまかした。