目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
終末世界の殺人
終末世界の殺人
晴坂しずか
ミステリー推理・本格
2024年11月03日
公開日
11.5万字
完結済
地球環境の悪化により権力者たちが宇宙へと飛び立っていった世界。地上に残された旅人ショウは嵐の中、あるマンションへたどりつく。そこではリーダーのタケフミを始めとする男女九人が助け合って暮らしていた。電気はないが水は使えて食料も備蓄されており、ショウはともに暮らすことになる。その夜、巡回していたロボットが何者かによって吹き抜けに落とされる。昼に食料が盗まれたことから侵入者の可能性が浮上するが、女性のリーダーであるキリは「くだらない」と、言い捨てて部屋へ戻ってしまう。
翌朝、キリの遺体が発見され、ショウは隣人のリュウセイとともに犯人探しを始める。

1 嵐の中の光

 季節外れの台風だった。季節などもう日本には無いようなものだったが、あまりに異常な暴風と暴雨だった。

 強風に進行を妨げられないように、ショウは地面に這いつくばりながら前進していた。頭から靴の先までびしょ濡れになり、わずかな荷物の入った鞄が飛ばされないよう、しっかりと片手に握りしめている。

「クソ……こんなところ、で……」

 視界は悪く、進んでいるのがどの方向か分からない。かまわずにひたすら進んでいくと、遠くにぼんやりと光るものが見えてきた。

「光……?」

 口を開くと雨が中に入ってくる。ごくりと飲み込み、力を振り絞って腕を前へ出した。

 光の正体は建物だった。五段ほどの階段を強風にあおられながらも上りきり、扉のない玄関を入る。自動扉があったと思しき線の先に、三つのLEDランタンがあった。

 ショウが立ち尽くすのとほぼ同時に、甲高い声が上がる。

「きゃあっ!」

 それを合図に他の二人がこちらを見てぎょっとした。どうやら三人はロビーで話をしていたらしい。ランタンはそれぞれの持ち物なのか、一人一つずつ手にしていた。

「……ここは?」

 疲れ切ったショウが小さな声でたずねると、女性二人がランタンを手に動き出す。

「すぐにタオル持ってきますね!」

「待って、場所分かる!?」

「えっ、どこでしたっけ!?」

 バタバタと管理人室へ入っていく彼女らを尻目に、残った男が明かりを頭の高さにかざしながら近づいてきた。

「この悪天候の中、よくたどり着いたねぇ」

「光ってた、から……」

「ああ、これ? へぇ、外から見えたんだ」

 感心する男は眼鏡をかけていた。背はショウより数センチほど高く痩身で髪は短い。彼の方がいくつか年上のようだ。

 例に漏れず電気が通っていないのだろう、ロビーは薄暗かった。男の後ろに外へ続くと思しきガラス扉が見え、風でがたがたと音を立てている。

「持ってきました!」

「これで足りるかな?」

 女性たちが戻ってきてショウにタオルを差し出す。寒さで震えながらそれに手を触れ、ぎゅっとつかんだ。

「……あったけぇ」

 そう声を漏らした直後、急に気が抜けてしまってその場にしゃがみこんだ。

「おやおや、これは拭いてあげた方がいいんじゃない?」

 男が少しおどけたように言い、女性たちは床へランタンを置いた。ショウの体をタオルでそれぞれに拭き始めると、長い前髪の隙間から水滴が伝う。

「こ、こんなところ……まだ、あったのか……」

 旅人は泣いていた。生きている人間に会うのは久しぶりだった。しかも彼らには見ず知らずの他人に優しくする余裕がある。

 ショウの頬を拭いながら背の高い方の女性が言う。

「よければ、ここで僕たちと一緒に暮らす?」

「暮らす……?」

「うん。部屋は空いてるよ」

 にっこりと笑った彼女だったが、よく見ると女性ではなかった。中性的な服装と中途半端に長い髪のせいで見間違えたが、ショウと同じ年頃の若い男性だ。

「それじゃあ、俺はタケフミさん呼んでこようかな」

 眼鏡の男が歩き出し、小柄な女性が「お願いします」と、返した。

 五年前、世界は終末時代へ入った。自然環境の悪化により洪水や干ばつなどの自然災害が各地で多発し、年々食料が作れなくなっていったのだ。

 このまま地球にいても未来などない。そう判断した各国の権力者たちは新天地を求めることにした。それぞれの国で宇宙船を作り、多くの人々を見捨てて地球を去って行ったのだ。政治も経済も法律も、何もかもが崩壊した。

 濡れ鼠だったショウが多少マシになったところで彼女が言う。

「あなたのお名前、聞いてもいいですか?」

「イチイ・ショウだ」

「ショウさん。わたしはタマキ・サクラです」

 二十代半ばにしては落ち着きのあるしゃべり方をする、優しい印象の女性だった。

「僕はアイハナ・ミソラ」

 と、もう一人も返して自己紹介がひとまず済んだ。

 するとタイミングよく足音が近づいてきて、ショウは無意識に顔を上げる。

「連れてきたよー」

 さっきの眼鏡の男が大柄な男性を連れて戻ってきた。

 彼へ場所を譲るように、サクラとミソラはタオルを手に立ち上がって少し離れる。

 大柄な男は三十代半ばだろうか、精悍せいかんな顔つきでいかにもたくましい。彼はショウの前まで来ると片膝をついた。

「よく来たな、お疲れ」

 と、無骨な手に肩を叩かれ、ショウは不覚にも再び泣きそうになった。

「俺はここでリーダーをしているエトウ・タケフミだ」

「い、イチイ・ショウ……」

「ショウ、立ち上がれるか?」

 自分の力でどうにか立ち上がったが、足元がおぼつかなかった。すぐにタケフミが自分のランタンを眼鏡の男に渡し、ショウを支える。

「部屋は上にあるんだが、階段は上れそうか?」

「わ、分からん……三日前から、何も食ってなくて」

「それはまずいな。なら、俺が運ぼう」

 と、タケフミはショウを軽々と横抱きにした。現代においては稀な、筋肉がほどよく付いたいい体をしていた。

「うわっ」

「軽いな。心配になる軽さだ」

 タケフミが歩き出し、眼鏡の男が足元を照らしながら付いてくる。

「タケフミさん、部屋決める前に着替えた方がよくないですか? 俺の服貸しますよ」

「ああ、そうだな。濡れた服のままでは風邪をひいてしまう」

「じゃあ、まず俺の部屋に行きましょう」

 ショウが大人しくしている間に二階へ上がり、左手へと進んだ。

 ここはマンションか何かなのだろう。中央に吹き抜けの中庭があるドーナツ型の建物だった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?