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ひっこし
猫柳円
文芸・その他ショートショート
2024年11月03日
公開日
830文字
完結
落語研究会の部室で繰り広げられる「ひっこし」をめぐる先輩・後輩の日常のゆるい一コマです。

ひっこし

「落語研究会」という看板の掲げられた部室にある男が入っていった。


「なんだ。おまえ一人か」

「そうなんですよ。せっかく来たのに」

「そう言えば随分ずいぶん久しぶりだなぁ。忙しかったのか?」

「いえ。アレをやっちゃいまして」

「何だよ」

「ちょっと荷物をね、持ち上げようとしたらピキッと」

「ぎっくり腰か」

「いえ、ピキッときたものの、そのまま荷造りを続けて家の中はすっきり」

「腰は『こし』でも引っ越しかよ。うっとおしいわ」

「へへ……」

「で、何処どこに引っ越したんだ」

「それが聞いて下さいよー」

「さっきから聞いているよ」

「引っ越しのごあいさつに『喉ごし』の良い蕎麦でも配ろうと思って買ったら饂飩うどんでした」

「そんなわけあるかよ! 『引っ越し』と『のど越し』をかけたかっただけだろ」

「いやぁ。腰がぬけるかと思いました」

「それ程のことかよ」

「だから今腰が弱っているんで、へっぴり腰です」

「いつも姿勢悪いから気がつかなかった」

「ひどいなぁ。扱いが荒すぎて粗漉あらごし大根のようだ」

「例えがわかりにくいわ」

荒漉あらごしは大根より果物酒の方がフルーツ感があって好きです」

「お腹空いてんのか?」

「そういえばペコペコだ。こしあんぱん食べよう」

「まぁいいわ、そう言えばどうして引っ越したんだ?」

「好きな子の部屋の隣が空きまして。何度か振られているんですけれど」

「いや、それただのストーカーだろ。怖いわ」

「そうか。だから引っ越し饂飩うどん持って行ったら警察呼ばれたのか」

「それこそ腰が抜けたと思うぜ」

「粘り腰と言って下さい」

「で、何処に引っ越したんだよ」

「ワッショイ! ワッショイ!」

「なんで急に御神輿おみこしなんだよ」

「気分が盛り上がりまして。あとはヒントです」

「そこまでして知りたくねぇわ」

「そんなこと言わないで下さいよぅ」

「急に弱腰になったな」

腰巾着こしぎんちゃくとお呼び下さい」

「まぁ、いいわ。引越祝いに飲みおごってやるよ、どうせ金ないだろ」

「そうだよ! 宵越よいごしの金はもたねぇよ!」

「急にけんか腰になるなよ」

「こちとら江戸っ子でい!」

「東京かよ」

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