目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第16話 知りたくも無かった

 屋上で夏の風と景色を楽しんでいた俺の後ろ、いつの間にそこに立っていたのか? 因縁の相手、宿敵であり元カノのちかりがいつもと同じ無表情で立っていた。


「な、何故お前がここに!?」


 驚かない方がどうかしてる。だってそうだろ? 俺達は別れて数日が経っている、こいつは今カレらしき三人の男とよろしくやっているはずだ。

 早ければ今日の昼頃から、男の一人と仲良くデートと洒落込んでいてもおかしくない。なのに何故ここにいる?!


「ここに用があったから」


 ただ一言そう呟く。

 こいつのこの透き通るような声は好きだったが、今となっては夏なのに妙に背中に寒気を感じて仕方がない。


「そ、そうかよ。じゃあな、俺はお邪魔だろ」


 こいつと関わったって仕方がないのだから、屋上の風は気持ちがいいがここからおさらばさせてもらおう。


 そう考え、ちかりの横を通り抜ける。……抜けようとした。


「あなたに用があったから」


 ちょうど真横に来た俺に、ちかりの言葉が耳に届く。こびりつく。


「用だと? 残念だったが俺にはお前に対して用は無いんだ」


 正直今更何なのかと、カチンとくるがそれを抑えて丁寧にお断りを入れて差し上げた。浮気した女にここまで下手に出ることが出来るんだから、俺も随分と優しいもんだ。


「ん。でも、――あなたにはここにいて貰う」


 ゾクっ。


 どういうわけか? その声を聞いた時、心身ともに底冷えしてしまった。


 ええい! 何をやっているか俺!! 


 そうだ、今の俺には伝家の宝刀がある。そう、浮気の証拠だ。これを突きつければ、余程面の皮が厚く無い限り黙らざるを得ない。そういうものだろう。


 自分を奮い立たせ懐にしまったスマホを取り出す。くらえっ!


「言うこと聞くのはお前の方だぜ! ちかりちゃんよぉ!!」



 ◇◇◇



 廊下を歩く崇吾は、ある事について酷く頭を悩ませていた。

 ちかりの事だ。


 彼女に惹かれたわけではない。むしろ忌避感すら覚えている。

 だが、だからこそ何かが引っかかる。気になって仕方がなかった。


 例えば、今朝早くに登校してちかりという少女の後をつけていた時、彼女は例の男の内の一人、そばかすの男と合流して会話をしていた。


(そう、別にそこは不思議じゃない。結局彼女はチャイムが鳴るまで彼と一緒にいたから、けど……)


 奇妙なことが起きたのはその後だ。

 始業のチャイムが鳴り時間が近づいていたので、調査を切り上げて教室に戻るその途中の事。


(太った男の子と会話をしているのが見えた。おかしい、さっきまで別の男の子と話していた彼女がどうやって? 僕よりも先に移動したとしても、あの様子は軽い挨拶程度のものでは無く、何分か前から一緒にいたように見えて仕方がなかった)


 無論、確証は無い。単なる推測の域程度のものでしかない。


 いくら悩んでも結論が出ず、だから再び調査を開始した。

 他人、それも知り合いでも何でもない女性の近辺を調べるのは失礼以外の何者でもないが、それでもこのままにしては置けない。気にしないようにしても胸騒ぎで胸が苦しくなるからだ。


 肝心の対象が、果たして今どこにいるのか?


 そんな事を考えていると、とある教室から一組の男女が出て来るのを見た。


 女性の方は、これが奇遇な事に目的の人物。そこのクラスの生徒だったのだろう。

 そしてもう一人、男の方は眼鏡を掛けた男。正直見覚えは無かった。


 まさか、別の浮気相手か? 下種な考えだが、彼女ならありえないとは言い切れない。


(うん? 眼鏡? 何か引っ掛かるな、何だったっけ?)


 男の方に見覚えはないが、全く知らないわけではないような不思議な感覚に襲われる。

 一緒にいる眼鏡の男。……脳の奥から一つの記憶が飛び出して来る。


(そうだ! 確か二週間くらい前だったかな、良くんが晴空さんに告白して玉砕した男の子の話をしていた。そして、その男の子は眼鏡を掛けていたって言ってたはず)


 ということはあの男性はその告白した人物ということだろうか? しかし断られたはずでは?

 気づいたら二人は居なくなっていた。考え事にとらわれ過ぎてしまったのだ。


 折角のチャンスを……。

 しかしくじける訳にはいかない。ついでと思い、崇吾は二人が出て来た教室を見ると、担任の教師が残っていた。


(どうせだし、クラスでの晴空さんの様子でも聞いてみようか。何かわかるかもしれないし)


 どんな小さなことでも自分の疑問が晴れるなら、そんな軽い気持ちで崇吾は教室に踏み込んで行った。


「あの、先生。晴空さんの事でお尋ねしたい事があるんですが……」



 ◇◇◇



「勝手ばかり言うのもその辺にしてもらおうじゃないか、俺にはお前を黙らせる手立てがあるんだぜ。この意味がわかるか」


「ん、分からない」


 バッサリ言いやがって。だが、その涼しい顔もここまでだ。


 懐から取り出すは、俺のスマホ。データファイルを起動して、ちかりが浮気した証拠の写真を確認する。その数三枚。

 うん! この仲睦まじそう、に……? 見え、なくもないこの証拠。これさえ見せればいかにマイペースなこいつでもただじゃ済まない。


「こいつを見ろ! こんな事をするお前の言う事をどうして今更俺が聞かなきゃならない? その貧しい胸に問いかけて見るんだな、自分の行いの愚かさってやつをよ!」


「それがどうしたの?」


「な、何!?」


 こいつ今なんて言いやがった? それがどうしただと!?

 俺という男が居ながら浮気をしていたという動かぬ証拠を突き付けて、どうして平然としているんだ?

 いや待て。もしかしたら直前に別の画像に入れ替わったかもしれない。きっとそうだ。

 いかんいかん俺としたことが、焦って指先が狂ってしまった。仕切り直しをしなければ。


 ちかりに突き付けたスマホの画面を確認するため、手首をひっくり返して顔に近づける。


 あ、あれ? そのままじゃないか。さっき見たのと同じ、つまり入れ替わってなんかいなかった。

 どういうことだ? じゃあなんでちかりは平然として……。


 そう思った矢先の事だ。


「っな!!?」


 おおよそ自分の喉から出たとは思えない甲高い悲鳴を上げて、思わずスマホを落としてしまう。


(なんだ今のは!?)


 恐る恐るスマホを拾い上げると、やはり――画像が変化している!

 自分の目で確認した途端、相手の男の顔を見ていたはず写真のちかりが、少しずつ動いて行って写真を見ている俺と視線があった。

 そんな馬鹿な!! 俺は写真データとして撮ったはずだ。動画を起動させた覚えなんかない!?


 まさかと思い、他のデータも確認。すると別の浮気相手と居るちかりの目がこちらを見ていた。

 額から油汗が滲み出て、それでいて首筋がゾクリと冷えて行くのを感じる。


 それでも俺は指の動きを止められない、確認するのを止められなかった。

 浮気相手の写真だけではない、それ以前に撮ったまだ恋人だった頃のちかりの写真も全て、今の俺と視線が合うように目線が動いていた。


 体中の力が抜けていく。まるで意味がわからない。


「なっ……どう、いう……」


 気を取り戻せ! 一体どういうカラクリかは知らないが、たかだか画像データが変化しただけだ。目の前で涼しい顔をしているこの女が浮気をしていたことは間違いないんだ! だったらそこを責めればいいんだ!!


「へ、へへ。どうやらスマホが不具合を起こしてるようだな。だがこんなものはもうどうでもいい! とにかくだ! お前が俺以外の男とキスしたり何股も掛けてた事はとっくにご存知なんだよ!! そんなお前の言うことを聞いてッ、これから先もお前の為に生きていけるような間抜けじゃねえんだよ俺は!!!」


 そうだ! 俺はこれが言いたかった!

 俺はちかりが好きで、裏切られても忘れられなくて。

 それでもこんなに苦しい思いをするぐらいだったら、こっちから捨ててやらないと吹っ切れたもんじゃない!!


 それでも、俺の胸にあるのは爽快感と程遠いものだった。

 俺はこいつの前でこれほど感情的になったことは無い。ちかりの為だったら、どんなに辛いことがあったって楽しませようと思えば何も辛い事なんて無かったからだ。


 あの頃のちかりは俺の馬鹿話を聞いて、面白いと一言そう言ってくれた。俺にしかわからないような、楽しい雰囲気を出して。

 なのに今のこいつはッ! ――あの頃と変わらない表情で俺のことを見ていやがる。

 どうしてだ? 俺はこんなに……、こんなに……っ!。


「あなたはきっと勘違いをしている」


「はあ?」


 何を、言って。


「あの子達は私を見つけてくれたから……、だからあの子達の前の私は私。でも、今あなたの前の私は此処に居る”私”だから」


「何を訳の分からねぇ事をッ! ……っ!?」


 意味のわからない事をほざくちかりを、一瞬見失ったかと思ったら俺の胸元に居た。


 何だ? 一体何が何なんだ!!?



 ◇◇◇



 崇吾はちかりのクラスの担任に、怪しまれないように世間話程度の感覚で尋ねた。


「晴空ちかりについて?」


「ええ、普段の晴空さんの様子を。優秀な生徒さんらしいので、僕も見習わせて貰おうかと思いまして」


 ただ、尋ねただけなのに……。



 ◇◇◇



「あの子達の私と遭ったみたいだけど。”私”はずっとあなたと」


 冷たい手の平が頬に張り付く。やさしく、幼い子供でも触るかのように。

 だがその顔は、小さく笑みを浮かべていた。初めて見た、はっきりとわかる笑顔。


「……っ……ぁ」


 今やっとわかった。

 勝てる訳がない、こいつは――!





「そんな奴うちに居ないぞ」


「…………え?」





 知りたくも無かったじゃあ、もう済まされ無いんだよ……。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?