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第15話 終わりの日

 いよいよ今日が一学期最終日。金曜を終えれば煩わしい学校生活ともおさらば。一か月程だけだけど。

 それでも学生にとってはこれほど嬉しい学校行事も無いだろう。休みなのに行事とはこれいかにって感じかな? いつにも増してこんな下らない事考えるあたり、俺テンション上がってるわ。


 今日は日差しがいつにも増して清々しい、新しい始まりを歓迎しているようだ。

 これで新しい彼女が出来るなら言う事なしだが……。いや、焦る事は無い。彩美との仲は夏休み中にゆっくりと進めていけばいい。何事も焦ると失敗する。

 俺は人間だ。経験により、急ぐ事がスムーズに物事を進める事ではない事を知っている。


 伊達に彼女いた訳じゃないって事よ!


 鼻歌でも歌いながら無事に登校する。……いつもなら途中で崇吾と合流するはずだが、珍しいな。



 教室に入ると、崇吾が……いないか。


 ……うん? いや、あいつの鞄が机のフックに掛かってるって事は来てるのか? 便所かな?

 そうか見えて来たぞ。登校中に腹が痛くなって急いで学校に来た、そして今は踏ん張ってる最中だ。

 そんなとこだろう。なら俺も友人だ、これ以上の詮索はしないのがマナーだな。気長に待っていてやろうじゃん。


 そう思っていたのだが、結局戻って来たのは始業チャイムギリギリだった。そんなに腹が痛かったのか? 難しい顔をしながら席についた。

 明日から夏休みだってのに、しまらない奴だな。




(やっぱりおかしい……。うん? 良くんの背中、今ぼやけて見えたような。気のせいかな?)




 一時限目も終え、その後は講堂で集会。いつもならげんなりする校長の長ったらしい話も、今日ばかりは気持ち良く聞き流せた。なんせ今日は昼前には学校は終わり、部活やってる奴以外は帰るだけだからな。


「明日から夏休みだからって羽目を外し過ぎるんじゃないぞ。じゃあ、今日は解散」


 教室に戻ってからは担任の注意事項を聞いて、いよいよ一学期も終わった。


 はぁ、解放感! これで後は新カノでも出来れば文句なしだけども。

 それはおいおいとして、崇吾を誘って帰ろうとしたのだが……。


「崇吾、お前この後予定あるか?」


「……うん? あ、ごめん。何?」


 俺の呼びかけに反応が遅れるばかりか、内容を聞いてくるとは。何か悩みか? あ、そうか! 朝ギリギリで駆け込んで来たの便秘だったからだな。それで、今も悩んでるって訳か。なるほど。

 これも親友の為だ、一つアドバイスでも送ろう。


「我慢は良くないぞ。どうしても辛い時は、病院に駆け込んでチューブでもぶっ刺してもらえ」


「本当に何の話なの?」


「便秘で悩んでるんじゃないのか?」


「違うよ! ちょっと考え事してただけ。悪いけど、僕これから野暮用があるから。帰るなら一人でね」


 何だよ、心配して損した。

 しかし付き合い悪いな。仕方ない、一人で帰るか。


「そうかい。じゃ、お先に」


「あ、それと。……気を付けて帰ってね。真っ直ぐ家に帰った方がいいよ」


「お前は母親か?」


「いや、なんかちょっと心配になってさ。じゃあ本当に気を付けて帰るんだよ」


 だから母親かっての。

 言いたい事だけ言って、崇吾は教室を出て行った。


 今日の日差しのように晴れやかな気分で廊下を歩く。この後どうにか彩美とデートの約束でも取り付けられないだろうか? そんなことを考えながら下駄箱に向かって歩いていた。


「あれ?」


 歩いていたはずだったが、どうやら階段を上って扉の前。

 ここは屋上の扉、なぜこんなところに?


「あ、そうか。こいつはセンチメンタリズムだな。全く、俺という男は。この一学期の締めくくりに上から街の景色でも見ようと無意識に足を運ばせていたんだ」


 まさか自分がこれほど感傷に浸るような人間だったとは。意外と母校愛があったんだな。


 ドアノブをひねって屋上に出る。う~ん風が気持ちいい。

 そういえばあんまりこういうところに来たことがなかったな。なかなかいい場所じゃないか。

 今は人も居ないし、この大パノラマを独り占めってわけだ。二学期に入ったらもう一度来てみるか?


 気持ちの良い、そんな感情に溢れていた時の事……。


「良介」


 不意に背後から、抑揚のないされど冷たい声が耳の奥まで透き通った。



 ◇◇◇



 その日、彩美は朝から気分が優れなかった。

 自慢の食欲も鳴りを潜め、スープで誤魔化すしかなかった。

 体はずっしりと重く、頭痛にも悩まされていた。


「彩美、アンタ本当に大丈夫なワケ? あんまり無理しなくていいから」


「ご、ごめん店長。でも大丈夫だから、ちょ~っと萎え萎えなカンジなだけだし。ほら元気元気!」


 バイト先のアパレル店の店長にも酷く心配される有様。

 あからさまな空元気を見破られてはいたが、それをわかっていても問題のない素振りを見せる。


 こうなった原因は分かってる、昨日見たあの写真だ。

 三枚の写真に写る少女がこちらを見ている。本当に自分を見ているわけではないはず、そのはずなのに……。


(何? 何なワケ?! 一体何がどうして……)


 あの異常な写真とそれを異常と認識できない幼馴染。一体彼の身に何が起きているのか?

 幼馴染の身を案じる彩美。

 彼女は、ただ自分への恐怖に悩んでいるのではない。それ以上に、良介に良からぬ何かが降りかかっているかもしれない事に心を砕いているのだ。


 ふと、思い出すのは十年前。自分がこの町から引っ越していく直前の事。


(あの時、ギリギリになってやっとこの町を離れるのを伝えたんだっけ。良ちんはあの時……)


 そこでいつも考える。あの時彼は何と言っただろうか?

 肝心なことが思い出せず、そのうち諦めてしまうのもいつも通りだ。


(あの頃は楽しかったなぁ。あの頃は男の子とか女の子とか、そういうの考えなくて素直に遊び回って)


 それでも、そんな風に二人で遊び回っている内に、彼を目で追ってる時間も増えていった。

 心を許せる幼馴染、だけどもう会うことはないから考えても仕方ないと思っていたのに。十年後になってこの町にまた戻って来られた。

 そして、良介との再会。蓋をした思い出が日増しに色を蘇らせていったのだ。


 恋人が出来ていて、その彼女のせいで悩んでいると知った時は心配になった。


(でも、良ちんはなんとか立ち直れてさ。あの頃はむしろウチの方が話を聞いてもらう立場だったのに)


 お互い六つの頃、自分が何かを悩むとじっと聞いてくれてそしてアドバイスをくれるのだ。役に立たないことも多かったが、それでも話を聞いてくれることが嬉しかった。


 あの頃はいつも二人………………。



 ――ほんとうに?



「いッ!?」


「ちょっと彩美!? どうした?!」


 急に頭痛に襲われて、思わず小さな悲声を上げてしまった。自分の作業をやめて駆けよってくる店長。彼女にとっても、彩美は可愛い妹分。心配せずにはいられなかった。


「ごめん店長、ほんのちょっとだけ裏で休んできていい?」


「そんなこと気にしないの! ダメそうだったら病院に行っていいから」


「ありがと。でもほんのちょっと休むだけだから」


 店長にこれ以上は酷い姿を見せるわけにもいかず、バックヤードへと引っ込む。

 そして、そのまま誰もいないことを確認してから、スマホを取り出して通話アプリを起動させる。


「良ちん、今どうしてるんだろ」


 幼馴染に電話でもしてみようかと思い立った彩美だったが……。


(やっぱりやめとこ)


 すぐに思いとどまった。こんなことで彼に余計な負担をかけるわけにはいかない。


 しかしさっきの頭痛は何だったのか? 何かを思い出しそうになって、それで急に頭が痛くなった。


 もしかしたら、それを思い出すことができたら少しは悩みも解決できるだろうか?


 根拠はないが打開策もない以上、この小休憩を使って思い出すことにした。


(あの頃はいつも二人で遊んでいて……。間違いない、そのはずなのに。何で? 一体何が引っかかって……)


 十年前の思い出を振り返っても、良介と遊んだ記憶が非常に多い。他の子供と遊んだことがない訳ではないが、あまり記憶には残らない程度だ。


 引っ越しを告げたのだって、いつものあの公園で二人……。


 また頭がズキリと痛む。手で額を抑えるが、痛みに耐えてそれでも思い出そうと。


(あの時、良ちん何て言ったんだっけ? せめてそれだけでも!)



『良ちん、わたしのお家ね……今度お引っ越しするんだって。もう会えなくなるんだよ?』


 自分がそういった時、彼は……彼は……。


『だい……ぶ! き…………る…、じ……………………!』


 彼は……! あっ。


 あの時、彼は笑顔で。でも、確かその時に何かを見た。


『大…夫! き…と……るよ。じ……………に、…………!』


 あれは、白い……。


『大…夫! きっと…えるよ。じ…………後に、………ず!』


 黒い、髪の……。


『大丈夫! きっと会えるよ。じ…う……後に、………ず!』


 年上の……!


(良ちんは笑顔で、でもその後ろには……)


 良介は答えた、屈託のない笑みで。


『大丈夫! きっと会えるよ』




 ――十年後に、必ず。




 途端、彩美はバックヤードから飛び出した。


「ごめんね店長! やっぱり今日休む!!」


「え? あっ、出て行っちゃった。やっぱり相当キツかったんだ……。大丈夫かな?」


 店長の返事も聞かず、外へと走り去っていく彩美。心臓の高鳴りなどに気遣ってはいられない。

 頭のモヤがやっと晴れたのだ。


(あの時、ウチらの他に誰か居たんだ! 良ちんの後ろに。白いワンピースで黒い髪の……年上の女の子!)


 そしてあの時、良介と同じ台詞を吐いた。何の抑揚も無い声で。


 向かう先はただ一つ、幼馴染の通う学校。


 今はまだ昼前。

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