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第13話 疑念に駆られる友

 若干不満が残る俺の昼休みの始まり。

 今日はどうしても気になる事があるので、ちかり周辺の調査を開始する事にする。


 未練ではない。これは純粋な興味からくる探求心の満腹が目的なのだ。未練ではない。


 あの女がこれから先どうなろうと、トラブルに巻き込まれようと知った事じゃない。ただ、どうしてそういう行動を取るのかという心理について知っておくのも悪くないと思ったまでの事だ。

 後学の為、もしまたそういう女と関わりかねない時の対処法を身に着けておく為に、敢えて敵を知る勇気も必要だ。

 知らないとは罪であり、知る事で一つ上のステージに立つ事が出来るのは常識であり、その為のやむを得ない行動なのだ。


 それを崇吾の奴、ストーキングだなんだと誤解を招くような言い方をして。

 まあいいさ、所詮あいつは恋を知らぬ男。俺の境地を理解するには人生の経験が足りない。親友として暖かく見守ろうじゃないか。これが不貞の女を振り切った男の余裕なのだ。男は心の傷を癒す事で大きく成長する。


 それよりも今はちかりだ。あいつの行動からして、今頃昼飯を食べ終えたことだろう。

 その時の心境や状況にもよるが、大体昼休み開始の三分以内に飯を食べ始め、それが弁当なら約十二分程で食べ終わる。ちかりは食が太い方じゃないから、弁当の量も多くは無い。それでもそれくらいの時間は掛かるのだ。

 そしてその後、あいつは教室を離れる。行先は様々だが、まずはトイレに行く事が多いはずだ。


 そう思い、ちかりの教室の近くの女子トイレを物陰から観察する。そういう言い方をするとまるで変態と思われるかもしれないが、これは調査の為の致し方無い行動だ。変態などと心外以外の何ものでもない。

 それに物陰に隠れているので誰かに怪しまれる心配も無い。誰にもどうも思われないなら、それは異常な行動ではない。つまり変態ではない俺は女子トイレの入り口を注視する。


(来た……!)


 俺の予想通り、ターゲットは手をハンカチで拭きながら出てきた。

 さて、問題はここからだ。この後何処へ行くのか? いくつかの心当たりはあるが、やはり本人の後ろをついていくのが確実だろう。


 つかず離れず、相手に気づかれないように。

 ちかりは周囲を気にすることもなく、トコトコと我が道を行く。良くも悪くもマイペース故に、長く付き合わないと行動が読みづらい女だ。


 そうしてしばらく、ちかりが辿り着いた先は……図書室か。本でも読むのか?

 確かにそういう一面があるのは知っている。だが、今知りたいのは静かに一人本を読む姿じゃなくて、もっとこう、あいつの本性を確認出来るようなところだ。例えば、今カレと思わしき沢木とのデートの後に昨日見た男と会ってる姿――俺の知らない魔性の女としての一面だ。


 それを知る事で、俺が振った女はやはりロクなもんじゃなかったと再認識して、心の平穏を取り戻すのだ。未練は無いが心の安定の為には必要な行為だ。

 だからこそ知りたい、ちかりの本性を!

 そしていつか後悔させたい、浮気した事を!


 ちかりの後から少し時間をおいて、バレないようにこっそり図書室の扉を開ける。周囲をチラッと見渡して、ちかりの位置を確認。……よし、奴は本を読んでこちらに気づく様子もない。


 俺はちかりの近くの本棚の影に隠れて、息をひそめる。……ここまでやっておいてなんだが、このまま昼休みが終わったらどうしよう? いや、捜査は根比べだ。辛抱強く待てば、今は無理でもいずれ活路が開ける! はず。何事も簡単に投げ出すことがよくない。


 そう思ってじっと待つこと五分、誰かがちかりに近づいてくる。

 誰だ? 沢木、もしくは昨日の男か? いや、あの男がこの学校の生徒なのか知らないが……。

 その時は訪れる。そこに現れたのは、俺の知る二人の男の片割れ――。


「ち、ちかりたん……ま、待ったでござるか?」


 ――ではなく、そばかすが特徴の全く知らない第三の男だった。


 な、なんだとォ!?




 その後のちかりの動向としては、新しい男と十分ほど喋った後図書室を出て行き、沢木と合流。手を繋ぎながら人気の無い棟を散歩、それもまた十分。

 そうして別れた後に、第二のデブ男と校舎裏でまたもおしゃべりの後、ちかりが男に頼まれほっぺたにキスをして終了。おしゃべりと言っても三人の男がほぼ一方的に話していただけだが。

 しかしやっぱりというか、あの第二の男もこの学校の生徒だったか。


 ちなみに一部始終をスマホに撮っておいた。何か役に立つかもしれない。


 しかしなんだな、これって俺四股かけられたのか。とんでもない女だぜ。しかも男たちの様子を見るに、自分こそが彼氏だと思ってる。他の男の存在も知らずに哀れなもんだ。

 別れて正解だったな。ちかりという女はその類まれな容姿を活かして男を――それも女慣れしていない男の純情を弄ぶのが好きだったのか。


 まあ何にせよ、そんな女と縁が切れてよかったと思うべきだな。

 さ、昼も終わりだ。とっとと教室に帰ろっと。


 ………………

 …………

 ……。


「…………ん」



 ◇◇◇



 本日の授業もつつがなく終わった。何をやっていたか寝ぼけてよく覚えていないが。

 頭を叩かれなかったってことは、教師達に気づかれなかったってことだ。ラッキーだったな。


 帰り支度をして、その途中でふと思った。

 どうせだ、我が親友に報告でもしておこう。


「おい崇吾。実はだな、俺の調査は無事完了して」


「結局またストーキングしてたんだね。いくら君が傷ついたからって、相手にバレたら今度は君の方が悪者になるよ」


「だからストーキングじゃないって言ってるだろ! 俺のは調査であり、今後の人生における糧としてだな」


「はいはい分かったよ。よーく分かりました」


 この野郎適当に返事しやがって。だが許そう、俺は一仕事終えて気分がいいのだ。


「取り敢えず聞いてくれ、俺はあの女のとんでもない素顔を見た。驚くなよ? なんと現在三股をしているんだ」


「へぇ、それは驚きだ」


「お前信じてないな? 本当なんだよ、現実にそういうことが出来る人間がこの学校にいたんだ!」


「いや別に信じてないわけじゃないけど。……同時に付き合ってる男性の中に、体が横に大きい人って居なかった?」


「居たけども。何? 知り合いに当てはまる奴が?」


「別に、そういうわけじゃないんだけどね……」


 それだけ言うと、崇吾は黙ってしまった。何か考え事をしているような難しい顔をしている。話の途中にこういう顔をするのは珍しい。聞き上手な崇吾は、まず一旦人の話を聞いてから色々と考える人間だからだ。

 一体どうしたって言うんだ?


「あのさ、そういえば気になったんだけど」


「ん?」


「彼女……晴空さんって、別れる前は連絡取り合ってたんだよね?」


「ああそうだが。と言ってもあいつは機械音痴で自分から連絡をすることなんかないんだよな。専ら俺が電話掛けてたな、スマホの登録も俺がしてさ。で、それが?」


「うん、いくら別れたって言ったって何の連絡も無いのも変かなって思ってね。……そう、彼女から連絡をする事はそもそもなかったんだね」


 確かにそうだが、でもそれってそれほど不思議に思うことか?


「ま、そんな事はいいじゃないか。とっとと帰ろうぜ」


「……ああ僕、ちょっと用事があるから」


「おうそうか、じゃあな」


「また明日」


 何の用事か知らないが、俺は一人で校舎から出て行くのだった。今日も夕日が眩しい。



 ◇◇◇



 一人教室に残った崇吾の頭に、ある疑念が浮かんでいた。


(自分から連絡を取ることがほとんど出来ない女性が、果たして四人もの男性にバレる事も無く同時に交際することが可能なんだろうか?)


 余程慎重な人間といえど、例えばイレギュラーな事態で彼氏同士が鉢合う可能性だってある。自分から会うこともなく相手の行動をコントロール出来るはずは無い。そのはずなのだが……。


(だけど良くんにはバレて二人は別れたはず。やっぱり考え過ぎかな)


 しかしそれでも崇吾の中で疑問が膨む。

 良介に言った手前みっともないと思わないでもなかったが、ちかりについて少し調べる事にした。

 どうしてここまで気になるのかがわからない。ただ――何か胸騒ぎがしてならないのだ。



 キッチリと確かめたわけでもないのに、崇吾にはそこはかとない確信があった。

 この間あった二人組、あれがちかりと彼氏の一人だと。

 そこに疑問を挟む必要はない、何故か深くそう思えた。


 放課後の校舎、その一角で目当ての人物たちを発見した。

 人通りを感じない階段の踊り場で話す二人。いや、話すという表現には語弊がある。何故なら、一方的に相手の男性がちかりに話しかけているからだ。

 その様子を背中越しに、物陰から息を殺して見る崇吾。


(やっぱり妙だ。彼女を見ていると、例えようもなく不安になる。どうして相手の男性は平然と話す事が出来るんだろう?)


 一つ、身震い。

 調査はまた後日でも遅くは無いはず、あまりこの場に居たくない。

 その感覚が彼の足をその場から引き離した。




 遠く去って行くその背中を、暗い瞳が射貫いていたとは露知らず。

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