しかし残念だったな沢木ぃ、ちかりは苦い物が苦手なんだぜ? はっはっはっ……カフェオレ頼めば何も問題ないじゃねえか。
ま、まあそれはいい。さすがに中に入るとバレる可能性がある。
そこで、二人が入って行った喫茶店の向かいにあるコンビニに入り、雑誌を立ち読みしながら二人の動向を探ることにした。
ちょうどいい事に窓際のテーブルについた二人。
神は俺の味方だったようだな沢木ぃ。
流石に距離があるから具体的に何を頼んだとかそういうのはわからないが、知りたいのは別にそこじゃないからどうでもいい。
表情を変えずにカップを口元へと運ぶちかりと、テーブルの上のカップに手を付けずに一方的に話していると思わしき沢木。
当然何を話しているかは分からないが、随分と高揚しているようだ。やはり初めての彼女で色々とテンパってると思われる。傍から見たら初々しいと思う人間もいるかもしれないが、俺は全くそんなこと思わないぞ! 例え初めての彼女でアガってようが自分のペースを優先する男なんてスマートじゃない。
男にとっての初めてなんて相手にとっては知ったことじゃないんだぞ沢木ぃ。
もし俺に読唇術が使えたら、と思わないでもないがここは大人しく監視に徹する事にする。
それから約三十分後の事、二人はテーブルから離れた。
ほぼ一方的に話すだけにしては持ったじゃないか沢木。会話も得意そうなタイプには見えなかったが、これも彼女が出来たが故の頑張りか。
ま、相手のちかりの方はほとんど口を動かしていなかったあたり、相槌しか打ってないんだろうが。やはり会話を成立させるだけのコミュニケーションは取れていないようだ。ははっ。
喫茶店を出た二人を尾行しても、沢木が一方的に話しているように見えるだけだった。それでは全く気にならないのか、沢木は話すのを止める気配を感じられない。こいつ、粘るな。
それからさらに十分程、何かを話して別の方角へと歩く沢木。二人は別れたようだ。
結局喫茶店で飲んだだけか。
……こうして振り返るとあまり面白いものは見れなかったな。もう少し沢木が慌てふためくところなんか見たかったんだが。
しかし、ちかりの奴も何故あの男と? ……いや、別れた女に未練はない。どんな理由があろうと、もう俺には関係がないんだ。
とりあえず、沢木という男の事についてはある程度分かった。もう調査は下火にしていいだろう。
……いやしかし、本っ当に暇つぶし以外にはならなかったなぁこの調査!
沢木がどんな奴か? とか、あいつとちかりがこの先どうなる? とか本当のところ別に知った事じゃないしな。本当に!
気づけば沢木の姿はもう見えなくなっていた。今見える範囲に居るのはちかりだけか。……もう引き上げることにしよう。
その矢先だった。
一人になったちかりに近づく男の姿。なんだナンパか?
しかしナンパが得意そうなチャラ男には見えない。言ってはなんだが、沢木と同じタイプの人間に感じる。体型は全く違うが。だって沢木が良く言ってスリムなのに対してあの野郎、結構太いぞ。
その太った男は、汗を掻きながらも必死に作ったであろう笑顔でちかりに話し掛け――そうして二人は何処かへと去って行った。
………………へ?
◇◇◇
昨日からずっと頭の中に離れない光景がある。
あれは一体何なのか? あの太った男は一体何者なんだ? ちかりとの関係は? そして沢木とは?
謎が謎を呼び、せっかくもらったアロマディフューザーでも頭がすっきりしないレベルだ。
ぽーっとした頭で木曜の登校を果たした俺は、自分の椅子に座ってもぽーっと。
「どうしたの良くん、何か考え事でも? いつも以上に変だね」
「……ちょっと待とうか、な? 崇吾、まるで俺は普段からある程度変だと言わんばかりだ。面白い冗談を言うじゃないか」
「冗談ねぇ……。じゃあそういうことにしておいてあげるけど。で、結局どうしたの?」
後ろの席から話しかけてきた俺の親友こと崇吾の冗談で、考え事で寄り固まりかけた頭が柔軟さを取り戻した、と思う。
確かにこの件に関しては、俺一人で処理ができるもんじゃない。ならばこそ友人、悩みを分かち合うことで気を楽にさせてもらおうじゃないか。
「実を言うとだな、昨日の放課後にちかり達カップルを見かけて様子を伺っていたところ……」
「ちょっと待って。……君は昨日、元カノさんをストーカーしていたと、そう言うつもりかな?」
「偏った見方をすればそういう受け取り方もあるだろうな。で、様子を伺っていたところ……」
「いや流されても困るよ。今思ったことを君に伝えてもいいかい?」
「何だ? 悩みの解決につながるんだったら是非言ってくれ」
「純粋に気持ちが悪いよ」
そう言い放った崇吾は信じられないものでも見るかのような、失礼な顔をしていた。
いやいや、これは訂正しなければ俺の沽券に関わる。
「待てよ。そう結論付けるのは早いんじゃないか? 言ったろう、ストーカーだなんてそんなもんはそいつの見方次第の話で、俺は単に様子を伺っていただけだって」
「いや無理だろう」
「待てよ。無理と決めつけるのは早いんじゃないか? 俺はただ単に、昨日見た光景が気になって仕方ないだけで」
「どう言い繕ったって、世間一般にはそれをストーカーと言うんじゃないかな?」
「待て待て待て。説明をさせろ! いいか、この際どうしてそうなったかとかそういうのはもう置いとくんだ。話を続けるとだな……」
「二股を掛けられたのはショックだとは思うけど、それでストーキングを始めるのは純粋に気持ち悪いと思うな」
「話を振り出しに戻すんじゃない! つまりだな……」
という問答をしているうちに始業のチャイムが鳴った。
なんだよ結局! 俺の悩みはそのままか? 友人なんだからもっと親身に話を聞いてくれたっていいじゃないか。
ちなみにこの問答は休み時間になっても繰り返され、結局のところ昼休みまで持ち越されることになった。
ここまで来たんだ、崇吾とはキッチリ腹を割って話さなきゃ。
俺は弁当を崇吾の机を置く。飯を食いながら再開しようじゃないか。
「ズバリ言わせてもらうとだな……んぐう!?」
「ほら、これあげるから。お昼ご飯ぐらいちょっと静かにして、ね?」
話を始めようとした俺の口に、崇吾が自分の弁当のおかずを突っ込んできた。
その味はジューシーで肉厚で美味しい。もぐもぐと咀嚼しながら飲み込む。
「相も変わらずの手作り弁当か? お前もよくやるよな」
「そう? お料理ってハマると面白いけどなぁ。って言ってもこのお弁当のおかずは昨日の残り物なんだけど」
「でもそれだってお前の手作りだろ?」
「まぁね。で、どう? 美味しかった、この唐揚げ?」
「そうだな。醤油ベースで下味もしっかりついてて、噛んだ時に肉汁があふれ出す。腕を上げたと褒めてやってもいい」
「どの目線で言ってるの? それさえなかったら純粋に喜んであげることも出来るんだけど」
これでもきっちり褒めたつもりなんだけど。だって俺が作る弁当って白飯以外は冷食で固めただけだし、それも三品だけ。あとふりかけ。それに比べたら崇吾の弁当は色鮮やかだ。彩りも考えて作ってるんだろうな、野菜とか色々使われてるし。
「ま、いいか! かわいそうだから、料理の腕が上がったって評価を素直に受け取るってあげる」
「おう、そうだろ。……え?」
そんな風に俺たち二人、にぎやかに話しをしながら食べ終わる。
食後は、ちょっと運動でもしておこうと教室を飛び出し、一人散歩の時間だ。
あれ? ……結局悩みを打ち明けてないぞ!? あ! かわいそうってこういうことか!? くっそ、はめられた!!