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第10話 友の胸に一抹の不安

 時刻は夕日の傾きが強くなった午後六時頃。

 学校から家に戻っていた崇吾だったが、急に甘いものが食べたくなり、食前の散歩がてら財布片手にコンビニスイーツを求めて歩いていた。

 甘いものを求める時、軽い運動を体に与える事でより甘さを感じる、とは彼の談。


 ショートパンツにTシャツに日除けのキャップとラフな姿。ボーイッシュな少女の印象を持たれる事に気づかない彼だったが、こういう恰好をしているとなんとなく周りの人間が自分に優しく接してくれるような気がする、とは思っている。

 そうして親切にされる時は、いつもより気分が良くなるのだ。


「ん?」


 コンビニスイーツを求め歩るく町中、ふと視界の端に見覚えのある人影を捉えた。


(あれって……)


 真新しい記憶にある人物と同じだったので思わず立ち止まり観察する崇吾。その視線の先の人物をしっかりと見据えた。

 あの小柄の黒いショートの少女は……。


(確か、放課後に良くんと会っていた女の子)


 その人物のことは詳しくは知らない、名前もわからない。

 ただなんとなく、何の確証があるわけでもないが、どうにも良い印象を持つことができない人物。

 その感覚の正体を今だ掴めていないが、少なくとも知り合いとしても遠慮したいと思える少女であった。


 そんな彼女が何故ここに?


 一瞬そう思った崇吾だったが、夜遅いわけでもない時間帯に学生が歩いていて何の問題も無いのだから、気にする理由にはならない。

 それを言えば同年代の自分だって町中を歩いているのだ。何故などと考えるものではない。


 そう思考を切り替え、再びコンビニに向かって歩みを始めようとした時、少女に向かって誰かが近づいてくる。それは男。


(彼氏かな? 大人しそうな子に見えるけど、年頃の女の子なら珍しくはないか)


 今時、物静かな少女は男性に対して免疫が無く恋人など居ない、などと思う人間などいるはずもなし。年頃の、それもかなりルックスの優れた少女に彼氏が居て不思議な事は無い。女性に気の多い同年代の男性なら放っては置かないだろう。


(って、僕も同年代の男の子なんだけどね)


 だが崇吾は元々恋愛に対して奥手な上に、ピンと来る女性と巡り会ってはいない。彼個人としては親友である良介と過ごしている方がずっと気が楽で有意義だった。


(ま、僕には縁のない話かな)


 ぎこちなく笑いながら少女に話しかける男性を見ると、同年代くらいだが、横に太くあまり健康そうには見えない。崇吾は失礼だと思ったが女性との会話が得意そうなタイプには見えなかった。

 きっとあの少女の事が余程好きになって頑張って恋人になったんだろう。恋人にしては、少女の方は表情一つ動かさないが……。


 その少年の行動を勝手ながらに想像して、これまた勝手ながらに心の中で応援することにした。そういう勇気を持てる人間は嫌いではなかったからだ。


 しかし、ふと疑問が沸く。

 放課後、良介に抱きついているように見えたあの少女。自分の見間違えだったのだろうか?


 状況を改めて整理すると、二人のいた場所は曲がり角付近。もしかしたら飛び出してきた彼女を良介が抱き止めていただけかも知れない。


(それにしては良くんが変なポーズをとってるように見えたけど……。ま、彼は元々変人よりの人間だし何もおかしくないか)


 崇吾という少年は親友である良介の扱いが多少雑なきらいがある、家族以外では最も気を許してる人間だからかもしれない。


 そうこうしているうちに二人は何処かへと去って行った。


(どこの誰かは知らないけれど、やっぱりカップルには長く続けて欲しいと思うのは余計なおせっかいかな? それでもやっぱりあの女の子、気になるな)


 好きになったという意味では全くない。先ほど、偶然にも良介が抱きとめただけと推理したが、どうにもしっくり来なかったのだ。


(もしかして……)


 一つ想像が浮かんだが、首を振って忘れることにした。


 だって、もし少女が良介の元彼女であっても恋人がいるのに抱きつく理由がわからない。


 それでも、ほんのわずかな疑念を払うことが出来ずにいた。

 コンビニへと向かう道すがら、それとなく良介を案じる崇吾。




 一方、同時刻。


「ああ、なんか落ち着く気がする~。アロマって意外と悪くないな。……こういうのをくれるって事は、やっぱり期待しちゃっていいのか? へっ、へへへへへ」



 ◇◇◇



「ふぁ……ぁぁ、ぐっすり眠れた気がする。こいつのおかげかな?」


 翌朝の水曜日。いつもよりも気持ち、健やかに目覚めたような気がする。その原因だと思うものに目を向ける。


 枕元には昨日彩美にもらったアロマディフューザーがあった。ベルガモットの香りだったか? なんとなく心が落ち着くような気がする。それでいてすっきり。リラックス&リチャージだな。

 さすが百円ショップに並んでいた三百円商品なだけはあるな、高級感漂ってる。


 この男臭い俺の部屋が浄化されてる感じ。気持ち女の子の部屋の匂いがするような、と思うのはさすがにちょっと変態的かも。いや、この香りに罪はないので言い訳するつもりはない。一つ確かなのは俺はやっぱり安上がり男だという事だろう。


 さてと、いつまでもパジャマ姿でいないで着替えるとしよう。




 今日の日差しは夏にしては優しいな、純粋に気持ちがいい。この時期の登校ってのは、うだるような暑さで普通はテンションがだだ下がりになるもんだが。

 思えばもう水曜日、あと二日で一学期が終わる。今日みたいな気候で清々しく夏休みを迎えたいもんだ。


「ふぁ~……っと。思わず背伸びしてしまった。こんなに気分がいいのは彩美のお陰か。またデートしたいな」


 はたして一時間買い物に付き合っただけでデートと呼べるのか?

 疑問はあるが、世の中には女の子と二人で過ごす時間は全てデートと言う男もいるというし、細かいことは気にしても仕方ないか。


「おはよう良くん、今日はすっきりした顔してるね」


 急に隣から話しかけてくる声。年頃の女の子のような高い声だが、この呼び方をする人間は一人しかいない。


「よぉ崇吾。昨日ちょっといいことがあってな。ふふふ、まあお前にもそのうち分かる時が来るさ」


「ご機嫌だね。何があったかは聞かないけど、あまり調子には乗らない方が……」


「おいおい水を差すなよ。人間、気分に任せた方がいい時ってもんがあるんだぜ? 今の俺がそう……あぁ!?」


「だから言ったのに。ちゃんと気をつけて歩かないから」


 足元を見ていなかったせいで、何かを踏んづけてずるっと滑りかけた。

 若干イラつきながらも靴の裏を見ると、そこそこ真新しい焦げ茶色の物体が……うわマジかよ!?


「やっぱり……」


「気づいてたなら言えよおい!?」


「一応忠告はしたじゃない。ま、ひとつ教訓になったと思えば悪くない経験かもしれないよ」


 人事だと思いやがって……。


「あぁクソ! あ、クソって言ってしまった……。もう!!」


 折角気分が良かったのにテンションが下がってしまった。

 全く、きちんとした事後処理は飼い主の勤めじゃないのかよ。道端に放置しやがって!




 落ちたテンションのまま、教室の自分の席に着く。とんだ一日の始まりだ。

 一緒に登校した崇吾は一応慰めの言葉をかけてはくれたが、クスクスと小さく笑っていて明らかに状況を楽しんでいた。こいつ最近生意気になってきたな。


 俺の背後の席に座った崇吾。そう、俺達は前後に席がある事もあって自然と会話するようになり友人となった経緯がある。俺もあの時は、なんで男子生徒の格好をしているんだと勘違いしていたな。


 朝の授業が始まるまでの時間は、もっぱら二人で会話をして時間を潰すのが日課になっている。わざわざ他所の席の奴の所まで行って話し込むほどの時間がある訳でもないしな。


 しかし崇吾の奴、急に何か考えるような顔をし始めた。一体何だ?

 そう思った時、ちょうどよく崇吾の方から話を切り出してきた。


「う~ん……。今の君にはあまり聞かれたくない事だと思うんだけど」


「あん、何だよ? もったいぶるなよな。で、何が聞きたいんだよ?」


「うん。君の元カノさん、ちかりさんだっけ? 彼女の今の彼氏ってどんな見た目してるのかなって」


 確かにあまり聞かれたくないことだ。朝にろくでもない目に遭ったのもあって、さらに気分が落ちる質問だが。仕方がない、答えてやるか。


「どんな見た目ってね。俺もじっくり見たわけじゃないし、野郎の体なんてじっくり見たくもないけどさ。一つはっきりしてるのは、あんまり運動が得意そうには見えないな。なんせ結構ヒョロく見えたし、筋肉があるそうにも見えない。身長は俺と同じぐらいだろうけど体重は間違いなく軽いだろうな」


「そう……。そっか、ありがとう」


 疑問が晴れたのか、顔つきもいつも通りに戻った。しかしなんでそんなことを聞くんだ?


「ちょっと気になってね。単なる考え過ぎだったみたい、みたいな?」


「何だよそれ?」


「なんでもないよ。何でも結びつけるのは良くないかなって、そういう話」


 いまいち何を言っているのか釈然としないが、チャイムが鳴ったので話を切り上げることにした。


 にしても、今日はあの靴履いて帰らなきゃならないんだよな。外の水道で洗ってきたけど、やっぱ憂鬱だ。

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