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第8話 火曜日の再開

 新しい朝を迎えた。今日は火曜日、夏休みまであとちょっとだ。

 今日はどうも気分が良い。新しい恋に芽生えそうだからだろうか? それともちかりとの関係にケリを着ける事が出来たからだろうか?


 どちらにせよ、俺がやられっぱなしの間抜けでは無い事を証明出来たのだ。いくら彼女が可愛くて抱きしめたくなるような愛らしさを持ち合わせてて、ほのかに見える甘えが心をくすぐられてそれから……。


 それからじゃない。何がそれからだ。

 とにかく俺が言いたいことは、浮気を許すのはかっこいい事でもなんでも無いって事だ。キッチリと駄目な事は駄目であると、別れることで教える。これこそが男らしさじゃないか。


 洗面台で顔を洗い、鏡を覗き込む俺。うん、男らしいじゃないか!


 さあ朝飯の時間だ!

 ……そうして用意したのは白飯とふりかけ。うん、男らしいじゃないか……。


 俺に彼女の手料理を食べられる日は来るのだろうか? その前に彼女を作れるのか? 悩んだって仕方ないか。今は腹を膨らませる事を考えようぜ。


 あ、このふりかけ結構イケるじゃん。偶には新規開拓もするもんだな。




 真夏は朝から日差しが強くて参るもんだ。朝早く起きる学生と社会人の敵だな。

 でももうすぐ夏休みな分、学生はマシだな。すいませんね社会人の方。


 俺は意味もなく道の向こう側を歩くサラリーマンに向かって気づかれないように頭を下げた。

 俺が内心何を考えているか、もし見透かされたら煽りと思われかねんな。


 ……そういえば彩美って何時からバイトしてんだろ? 流石にこの時間って事は無いだろうが。

 何となくそんなことが気になってしまうのは、俺があいつを気にしてる証拠か? 彼女でも無い女の行動が気になるなんて、思春期の中学生かストーカーくらいなもんだな。

 あれ? じゃあ俺って……。いやいや、それは違うぞ。


「あ~……頭いてぇ……」


 考え事し過ぎて頭が痛いぜ。


 ◇◇◇


 古典の授業で頭がコテン。

 夏の日差しに誘われて、眠りこけた俺の頭を教師がはたく。


「おい、起きろ」


「……んあ?」


「起きたか? じゃあこの問題の答えを――」


 コテン。

 バシンっ。



 午前中いろいろあったが、今は念願の昼休みだ。

 今日の昼飯はいつものように白飯に冷食で固めた弁当では無い。何故なら、作るのを忘れたからだ。

 ……さ、売店に行くか。



「ねえ、良くん」


 売店で物色していると、後ろから声を掛けられた。崇吾だ。

 俺は振り返りながら答える。


「珍しいなお前、自慢の手作り弁当は今日どうした?」


「偶には買うのもいいかと思って。……なんて、本当は作り忘れただけなんだけど」


 いたずらな笑みを浮かべて小さく舌を出す崇吾。

 ただでさえ美少女の面してんのにそんな仕草をナチュラルに出すせいで、一部の酔狂な連中から人気がある。


 こいつと友人をやる数少ないデメリットは、そんな連中から陰ながらチクチク言われる事だな。そんなことするより彼女でも作れってんだよな。……今の俺には言われたくないだろうが。


「今は何がおすすめなの、良くん?」


「あ? そうだなぁ……、ほら今夏じゃん? つまり夏っぽいものをみんな食いたがってるんだよ」


「つまり?」


「そう、この焼きそばパンとかどうよ?」


「夏っぽいかなこれ?」


「夏と言えばだろ。知らないのか?」


「君が適当なことを言っているのは知ってるけど」


 手厳しいな。


 それはさておき、お互い好きな食いもんを選んだ。崇吾は焼きそばパンにメロンパン、俺はカップラーメン。塩味が今は食いたい気分だったんだ。


「君の方が夏っぽいもの選んでない?」


「気のせいだろ」


 変なやっかみは聞き流し、売店に備え付けられてる電気ポッドからお湯を注ぐ。

 同じテーブルには箸やら爪楊枝やらも置いてあり、勝手に持っていくスタイルだ。

 まだまだ出来上がりは先だってのに、この漂う匂い。待ちきれないぜ。


「ん、お箸」


「これか? ほらよ」


「お湯……」


「おっ、そっちは醤油かぁ。……ほら、今お湯入れてやるよ」


「ん、ありがとう」


「いいってことよ。困った時は何とやら、だ」


 俺に礼を言うと、醬油のカップ麺を両手で抱えながら、その小柄な後ろ姿はトコトコと遠ざかって行った。


 ん? ………………ッ!!!?



 俺は半ば放心しながら売店前のテーブルの一つに座った。


「あれ? 良くん、食べないの? 折角作ったんだし麺が伸びちゃうよ」


「んあー……」


 ぼやけて聞こえる誰かの声に促されるまま、カップラーメンに箸を突っ込んで口元へと……。


「ぶっあっっつぃい!!?」


「良くん、ご飯は口で食べるものであって顎で食べるものじゃないよ」


 今度は鮮明に聞こえた、誰かこと崇吾の声。

 俺は無意識のうちに、麺を顎に押し当ててしまったらしい。

 熱い、ちょっとヒリヒリする。


 涙目になる俺と、そんな俺を半ば呆れた目で見ながらパンを齧る崇吾。

 今二人の間にある温度差は、物理的にも精神的にも開きがある事だろう。


 折角のラーメンが……。驚いてちょっとこぼれてしまった。


「はい、布巾をどうぞ」


「さんきゅ」


 崇吾から布巾を受け取り、テーブルを拭きながら俺は話を切り出す。


「こぼれた分、補填してくれ。頼むよぉ」


「それは君の不注意じゃないか。自業自得だと思って諦めるべきじゃないかな?」


「そんな冷たいこと言うなよ友達だろう? 何もパンを丸ごと一つと言ってるんじゃないんだ、一口分けてくれ」


「もう、しょうがないなあ」


 根負けしてくれた崇吾が仕方なさそうに、齧っていた焼きそばパンを千切って分けてくれた。


「おお、助かるぜ」


「全く……あんまり調子に乗らないでね。はい」


「んぐぐ」


 崇吾はパンを俺の口に押し込んできた。……うん、旨い。冷めてても焼きそばの風味は失われていないな。これが手渡しなら喉に突っかかり掛ける事もなかったんだが。


「おいし?」


「ああ」


「それは良かった。……で、結局何でぼーっとしてた訳なの?」


 そう、何も飯時に好き好んでわざわざぼーっとする程俺も酔狂な人間じゃない。当然そこに並々ならならない理由がある。押しに押されぬ、重大な理由が。


「実はな……」


「まあ別に、言いたくもなかったらいいんだけどね。正直そこまで興味がある訳でもないし」


「人が話そうしてるんだから腰を折らんでくれ! ちょっとくらい興味持ってくれたっていいじゃないか友達として」


「えぇ……。まあでも、そこまで言うならお好きにどうぞ」


 崇吾はやれやれといった様子で肩を竦めながら、俺に話の続きを促す。

 いや促してるのか? またパンを食い始めたぞ。ああ、だから勝手に話してろって……薄情な奴。

 ……俺はそれに促されるように、事の顛末を話し始めた。




「……という訳なんだ」


「ごちそうさまでした。……それで、元カノさんが接近して来たから動揺しちゃったんだって? 吹っ切れたんじゃなかったの?」


「そこなんだよな。意外と世の中ままならないと言うか……」


「君の事だから、吹っ切れたとか言っておきながら実は未練たらたらだったってオチでしょ?」


 思わず押し黙る俺。い、いや、そんな馬鹿な……俺はそんなに間抜けじゃない。


「そ、そう結論付けるもんじゃない。突然の事でビックリしてしまっただけなんだよ。俺が普段通り冷静ならば、近づくんじゃないとピシャリと言ってのけるぐらいは……」


「出来そうもないと思うけどね」


 バッサリと切られた。こいつ普段は真面目なのに、時折毒を吐いてくるから油断ならない。

 ……という話をこの間共通の知り合いに言ったら、そんな所見たことないと言われ、俺がホラを吹いてるように思われてしまった。でもこいつはこういう奴なんだぞ。


「今に見てろよ、今度近づいて来ようものならガツンと言ってやる!」


「ガツン」


「……お前俺をおちょくってるんじゃないだろうな?」


「え? 何の事?」


 ……こいつ、とぼけやがって。俺が同じようにガツンなんて言ったところで、何言ってるの? としか言わないだろう事が想像に難くない。きっと冷たい目で言うんだぜ。

 まあでも、そんな崇吾の態度に俺はどこか安心しているのかもしれない。そう思える程、こいつとの会話で気も楽になった。やっぱり持つべきものは何とやら、だな。


「そんなことよりも良くんさ」


「そんなことだ? 俺にとって固い決意の表明を……」


「ラーメン伸びてると思うけど、いつ食べるの?」


「…………あ!?」


 多少こぼしたといっても、まだまだカップの中にはラーメンが入っているわけで。そして出来上がってからそれなりの時間も経ってるわけで。


 俺は慌てて箸を突っ込むも麺は伸びきっていて、我慢して口に持っていくも、正直あまり美味しくない。折角の塩の風味も飛んでるよこれ。

 結局、分けてもらった一口分のパンしかまともな物食えてないじゃないか!?


「ふふっ、どんまい」


「お前なぁ。くそ、他人事だからって笑いやがって」


「だって他人事だし」


「こ、この野郎……!」


「ご~め~ん。ふふっ」


 もうちょっと友達の扱いというやつをだな!?

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