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第7話 新たな始まり、すれ違う少女たち

 なんてやってる場合じゃない! 本題に入ろう、そう! 彩美に今彼氏がいるかどうかだ。

 ど、どう切り出せばいいんだ!?


「あ、ああ! し、しかしなんだな! 今日は晴れ渡るこの青い空が眩しいじゃないかだろう?!」


「良ちん、今夕方だけど……」


「そ、そうだったかな? はははは!」


 いやもう本当にどうすりゃいいんだ!? 俺はギャルと何を話せばいい? どんな風に話題を振ればいいんだ? そんなの俺が聞きたいわ!!


「……良ちん」


 彩美がどこか訝し気に俺の顔を覗き込んでくる。

 やめろ見るな! 意識してしまうだろ!?


 だ、だだだだだダメだ! 心なしか足が震えてきた気さえする。


「良ちん、やっぱ変じゃない?」


「そ、そんなことないぞ!? 俺はいたって普通の男子高校生だ!」


 そうだ! もうこうなったら勢いで行くしかない!! もういっそ当たって砕けろだ! よし行くぞ今行くぞすぐ行くぞ!!!


「こ、この間さ、彼氏でも作ればって言ったけどもぉ。そ、その後どんな感じ? 出来た感じ? もう居る感じ?」


 日和りやがって俺の馬鹿野郎が!!!


「うん?」


 彩美が困惑した様子……に見える。そりゃそうだろうな、いきなりそんなこと聞かれたら誰だって困惑するわ。俺だって混乱するもん。

 でも、俺はもう後に引けないんだよ! だから頼むよ神様!! あ、いやこの場合は山司の姉御とでもいうべきか? それとも……いや、なんでもいいんだそんなん!


「ああ、あれ。彼氏ねぇ、そっちはもうぜ~んぜんダメ。なんかピンって来る人がいないって感じ?」


 彩美は両手をひらひらと振りながら、諦めたようにそう答えた。どうやら彼氏は居ないらしい。


「そっかぁ」


「こんなんだから、今まで出来て無いんだよね~。ウチって意外と理想高いのかな?」


 まさかの発言だった。

 彼氏出来た事無いのかよ!? 今まで百人は男を手玉に取ってきましたが? みたいなギャルに見えるのに、意外だったぜ。


 と、いう事はだ。もし、もしかしたら俺が初彼氏になれる可能性もある訳だ。


 心の中で燃え滾るものが、俺の脳髄を沸騰させる程に熱くさせていく。

 こ、これはチャンスだ! 二度と巡って来ないかもしれん程のラッキーを逃してなるものか!


「へ、へええ! そうなんですか大変ですね色々と!!」


 何が大変ですね、だ!? てめぇで燃やしたもんをてめぇで冷ますんじゃないよ!!


 まずいまずいまずい!! こんなの煽りとも取られるだろ。下手すりゃここで縁がすっぱり切られて終わる。

 自分自身のとんでもない失態に心臓が痛い。阿保だ間抜けだとバクバク攻めてきやがる。

 どうしようこれ……?


「う~ん、そうなんよ。色々大変でさ、周りの友達が彼氏の話とかしてもウチだけイマイチついてけない、みたいな」


 嘘だろ? 俺の発言をそのまま取ってしまったぞ! 本当に俺が心配したみたいになってる!?

 起死回生を見たぜ、俺……。なんだっていい、ここは汚名返上だ!!

 落ち着いて慎重に行け……!


「何て言うの? 年相応の可愛らしい悩みじゃないか、俺にも覚えがあるぞ。周りに先を越されると焦っちゃうんだよな」


「キャハハ、何それ? 良ちんってばおじさん臭~い。ハハっ!」


 俺自身言っててそう思う。どう考えても同年代の発言じゃないや。落ち着くっていうのは老けるって事じゃないよ俺。

 しかし彩美にはウケたようで、腹を抱えて大笑いしている。


「でもさ、やっぱ焦ってもしょうがないっしょ! うん! あんがと良ちん。やっぱもっと今をエンジョイしなきゃだよね!」


「お、おう。吹っ切れたようでなにより。俺も嬉しいよ、はは……」


 まずい気がする。これじゃ、恋愛なんて二の次でいいじゃんってアドバイスを送っただけじゃないか?


 いやダメだろう!? 俺はどうなる? このまま幼馴染のお友達ポジションで夏休みに突入しろってか? 無理だろ! でも、今ここで告白なんてしたらそれこそ取り返しのつかない事になる。間違いなくそのタイミングではない!


 あ~もうどうすりゃいいんだよ!?


「良ちんはさ、ウチの事どう思う?」


「え」


 何急に?

 俺の思考が彩美の質問に追い付いていない。どう思うって、どう思う俺?


「え~っとそれって……」


「あ!? やば、もうこんな時間! ごめんね良ちん、このままじゃ授業に遅れるから。ばいば~い!」


「あ、ああ」


 俺は彩美の背中を見送りながら、呆然と立ち尽くしていた。

 あ、今彩美がビルの中に入って行きましたね。


 結局肝心な事は言えなかった。


 あ~もうどうしようこれ……。完全にタイミングを逃したわ……。

 いやでも逆に考えるんだ俺! これでよかったのかもしれないってな! だってそうだろう?

 ……それでどう思うって、どう思う俺? どう思えば正解なんだろう俺。


 質問の意図が分かりかねるまま、帰宅の途に就く俺。



 ◇◇◇



 夜も九時を回った頃。夜間学校が終了し、帰宅の為にビルを出た彩美。

 時間も時間の上、学友がいるが年代が多岐に渡る為、基本的に一人で下校する事の多い彩美は、今日もその例に漏れてはいなかった。


 彼女は、そこに別段寂しさを感じてはいない。そういう時間の大切さも理解出来る程度に大人びた感性を持ち合わせているからだ。

 日中は職場で、夜は学校でそれぞれコミュニティを築いているのもあって、人寂しく思うことは無い。


 ……はずだった。


 帰って来た懐かしい街並み、そこで暮らすのはノスタルジックであり新鮮であるから、一人でも楽しい発見に飽きない。

 考えに変化、いや、追加が起こったのは――かつての幼馴染との再会。


(良ちん、か……)


 ほんのつい先日程から、一人の時間に物憂げに浸る事が増えた。

 理由は、その幼馴染。


(良ちん……)


 幼馴染の少年と再会したのが昨日。

 今の彩美の心には、彼の存在がじわじわと色を強めていたのだ。


「はあ……」


 そんな彼の事がどうにも頭から離れぬままに――離す気が起きぬまま今日のスケジュールを終える。

 彼女には確信はないが、明日もそうやって終わるのではないか? という考えが浮かぶ。


(どうしてだろ? う~ん、わかんないなぁ)


 久しぶりに会ったその少年は、幼い頃の面影を残したまま成長していた。遠くから見てもそれが分かったから、半ば賭けではあったものの名前を呼んだのだ。あの頃と同じ呼び名で。

 振り向いた良介の顔は、あの頃を思わせるまま男性として完成を迎えようとしている成長が見てとれた。


 その姿に、まずは思わず安心した。自分の知ってる顔だと。

 しかし次の瞬間に思い立ったのは、自分の知らない顔をしている、という事だ。


 何か重いものが憑りついたような、苦い雰囲気を醸し出す。


 途端、放って置けなくなった。だからいつもの二割増に元気を装って会話をしてみせた彩美。

 ……彼女が一つ不満だったのは、良介が自分の事を忘れていたこと。


 しかし、気にする素振りだけを見せて彼を元気付けようとした。軽い挑発のようなやり方だったが、彼は彩美の事を辛うじて記憶の底から拾い上げる事に成功。良介が驚いた声を出すその瞬間は、彼に纏っていた暗い影が払拭されて、彩美も内心喜んだ。


 その後は、じっくりと話を聞き出そうと自宅近くの喫茶店へと引っ張っていった。

一時の元気など、すぐに終わる。そう考えたからだ。彼女は久しぶりに会ったこの幼馴染を立ち直らせてあげたいという衝動に駆られていた。

 ……その考えが、どういう感情から生まれるものであるか気付きもせず。


 話のジャブは、ありきたりな身の上話。取っ付きやすい話題を出して良介の心を解そうと試みた。

 その目論見は成功で、話し込む二人の間には十年間の空白を感じさせない程度に暖かいものが生まれた、少なくとも彩美はそう思った。


 彩美自身、自分の事を明け透けに話せる人間と出会えた事が単純に嬉しかった面もある。だから、二人の会話は弾んでいった。


 大きな変化が訪れたのは――良介の恋人について。


 そこに踏み込んだ時、あからさまに気を落とす彼を見て確信を覚えた。


 恋人との喧嘩だろうか? ありきたりだが、嘗て似たような相談を友人から受けた事もあり、当事者にとっては深い悩みとなるのだと素直に受け入れた。

 いや、素直に、というには少し語弊がある。彩美は良介の恋人問題を聞いた時に、表現の難しい違和感を覚えたからだ。


 まるで小さいトゲのような、気にならなくはない程度のほんの違和感だったが……。


 良介の悩みが恋人の浮気と知った時――その瞬間から、彼女今の状態に繋がる何かが生まれた。それが分からないから、何よりの悩みの種として脳に植え付けられてしまったのだ。

 その後も彼女なりの励ましを行った、のだが……。



 そこまで振り返っていた時、ふと、彩美の目に留まるものが映った。


「……あの子、何だろう?」


 何故、思考を中断してまで気になったのかは分からない。

 前方から歩いてくるのは一人の美少女。小柄で小動物的とも言えるが、その少女は無表情。着ている白いワンピースも相まってむしろ人形の様。


(……っ!)


 瞬間、背筋が凍える程にその表現が当てはまる。違和感の無さに違和感を覚えてしまった。


 夜の九時頃とはいえ、まだそれなりの人が往来する道を、まるで雑踏など無いかのようにスゥと静かな足取りで――彩美の隣を過ぎていった。


 思わず振り向く。


「なんだろう? 何か――」


 『変』。


 それは、夕方に再開した幼馴染の様子を表現した『変』とは明確に違う。あんな愉快なものでは無いと感じていた。


 もっと何か、真反対の……――。

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