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第6話 恋を探して

「ふう食った食った。奢りで腹が膨らむなんて最高の気分だな、そうは思わないか?」


「僕は奢った本人だから思わないかなぁ」


 チーズバーガーにシェイクにポテト、それら全てを平らげてテーブルの上にはゴミクズだけが残った。

 いや満腹、これで夕飯について考える必要がなくなったってわけだ。持つべきものは友達様々ってところか。


「本当に感謝してる?」


「し、してるさ。疑り深いなお前」


 崇吾が目を細めて聞いてくるが、感謝してること自体は本当だから。


「さて腹ごしらえも済んだし本題に入ろう」


「本題?」


「そう本題。つまりこれから始まる夏休みの計画について、だ」


 当初の予定では、デートプランを直前までじっくりと考えてちかりと一緒にかけがえのない夏を楽しむはずだった。それが破局という形でご破算となった以上は練り直さなきゃならない。

 そしてこの場合の練り直しとは当然……。


「お前知り合いに可愛い女の子とか居ない? もしくはお前に美人の姉ちゃんとか」


「居ないよ。仮にいたとしても自分の身内を君に紹介するのはちょっと、ね? 普通に気まずいじゃないか」


 居ないかぁ。

 この場合の練り直しとは? 新しく恋人を作ることである。

 当然だ。本来夏を利用して甘い思い出を作るはずだったのだ、その為には彼女がいる。であれば、まずはそこからどうにかする必要がある。


 昔から失恋の傷は恋で癒すものと言われている以上、やっぱり恋をしたい。そして過去を振り切って男として一段上のステージに上がりたいと思うのは贅沢な悩みだろうか?


 だが残念なことに俺には親しい女の知り合いがいない。そりゃあクラスメイトなら挨拶ぐらいはするけれど、言ってしまえばそれだけの仲だ。

 今までは俺の隣にちかりという美少女の恋人がいた。だから女友達ができなくても別に気にはならなかったが、新しい恋人を作るとなると手札がない。

 だから他人の伝手でどうにかしようと思ったんだけれど……。残念だがそれも使えそうも無い。


 崇吾の奴、知らない人間からはボーイッシュな女の子に見られるんだから、その姉妹となれば美人なのは間違いない……はずだったんだけどな。居ないとなればこの手も使えない。


 数少ない手札が無くなった。これは本格的にどうすればいいかわかんないな。


「結局のところ地道に見つけていくしかないんじゃない?」


「そうは言うけどさ崇吾、お前なら分かってくれると思ったんだがなぁ……」


「分かれって言われてもね。そうだ、改めて自分の好みを振り返ってみるっていうのはどう? 何事も初心から始める、とも言うしね」


 俺の好みか。確かに、自分自身を振り返ってそこから次の彼女作りのヒントを探っていくというのも、まあ悪くはないか。

 夏も直前に何を言ってるんだと言われればそれまでだが、ここはあえて遠回りするのが正解かもしれない。


 俺の好みと言われれば……まずは俺の話を聞いてくれてきっちり頷くなり返してくれたりして、それに物静かでそれでいて、居て欲しい時にいつも俺の傍に居てくれて、俺自身も守ってしまいたくなるような華奢な可愛げがあって……。


『ん……』


 それにそれに、基本的に無表情なんだけど何気ない仕草に主張が見えるような。あと、あんまり女の子らしくない口調でさ、事務的って言うの? ん。とか、わかった。とか飾らない言葉遣いに心をくすぐられるようで。それにやっぱり! あの小動物的な愛らしさを感じさせる……。


『ん、わかった』


 って、ちかりじゃねえか馬鹿!!


「ちょっと!? 良くん、急にどうしたわけ?」


 デコが痛い。俺は無意識のうちにテーブルに額を打ち付けていたらしい。


「な、なんでもない。……そうだな、いっそ新しいジャンルを開拓するってのも手だと思うんだ」


 そうだ、いっそ今までと逆の考えでさ、むしろ寂しさと感じさせてくれないくらい明るい女と付き合うってもいいんじゃないか? 失恋を吹き飛ばしてくれる程の元気のある陽キャ。


 ただ問題は一つ、そんな女の子が都合よく見つかるだろうか? 


『良ち~ん!』


 ………………ん?


 ◇◇◇


 店を出て崇吾と別れて一人街中を歩く俺だったが、実のところ、ある考えに頭の中が支配されていた。

 いや、考えというよりはとある女の子についてだ。


 崇吾との会話の中で、ふと思い出した身近な女の子。十年振りに再開した幼馴染の山司彩美だ。


 久しぶりに会ったらギャルになっていたその女の子が、今の俺の頭の中に居座って離れないのだ。

 新しい恋人――その候補として思いついた彼女だったが、条件に見事合致しているのだ。


 一緒に居て飽きない陽キャの女性、そして、何よりも幼馴染という関係性が素晴らしい。……かもしれない。


 しかし懸念がいくつかある。


 一つはギャルという今まで接点の無かった存在と上手くやっていけるのか? ギャルとの付き合い方なんて、正直わからん。

 今まで付き合っていた彼女との反動で正反対のタイプに行くなんてありきたりだな、という気持ちもある。


 それに、そもそも彩美が今フリーかどうかすら知らないんだ。この間会った時は彼氏でも作って、なんて言ってしまったけれども、あいつ自身は今彼氏がいないとは言ってないんだよな。

 それに、なんせあいつはギャルだ、久しぶりに会った俺にすらあんなにフレンドリーに接してたんだから、きっと誰に対してもあんな感じなんだろう。だからこそその様子でフリーかどうかがわからない。

 もし彩美に男がいるなら恋人以前の問題なわけで。


 いや、そもそもだ。俺は本当にあいつと付き合いたいのだろうか?

 俺たちは幼馴染と言ってもここ十年間会っていなかったし、再開してからも大して話をしたわけでもない。


 今更こんなことを思うのはどうなんだって話だが、相手の事もよく知らずに手近な所で済ませようなんて浅ましいのでは? 俺は本当に恋人が欲しいのか? そもそも人生とは? 世界平和とは?


 ……………………。


「はっ!?」


 気づけば太陽が大きく傾いている。慌ててスマホを見ると、時間は午後五時十分を回っていた。


「往来で何をやってるんだ俺……」


 己の愚かさに呆然とする俺だったが、それでもやはり彩美の事が頭から離れないでいた。


 いやだってさ、十年ぶりに偶然再開した幼馴染がだぞ? しかも俺に気さくに話しかけてきてさ!

 なんとなくこう、運命的なものを感じてしまっても仕方がないのでは? という考え方はもしかして気持ちが悪いのでは? 俺は本当に恋人が欲しいのか? そもそも人生とは? 世界平和と――。



「あれ? 良ちんじゃん! どったんこんなトコで?」



 またしても思考の海に船を漕ぎ出そうとしていた俺だったが、急に話しかけられた事で現実に戻される。

 振り向いた先に立っていたのは、ニコニコ顔の金髪の褐色女――件のギャルこと彩美だった。


「ど、どうしてここに!?」


 思わずそう口に出すのも無理はない。まさかこのタイミングで出会うとは思わなかったからだ。

 心の準備が出来てないぞ!?


「どうしてって、ウチさ今からガッコだし? ほら、あそこのビル。あそこが我が母校なワケなんです!」


 誇らしげに胸を張りながら指をさすその向こう、そこには一見何の変哲もない商社ビルが建っていた。

 そういえば夜間学校に通ってるんだったっけか? 見た目ただのビルだから、まさか学校だなんて言われなきゃ分からないな。


 こいつにとっては今から登校なんだな。でも……。


「お前制服とかは?」


「ああ、そういうのは無いカンジ。ウチの学校、私服登校だから」


「そ、そう」


「そそ! でもちょっぴりそういうのに憧れてたり、なんて!」


 なるほどだからか。こいつの今の格好はどう見たって制服じゃない、こないだ見たのとは違うがギャルファッションだ。いや、俺ギャルファッションとか知らないから断定とか出来んのだけれど。

 でもなんかいいな! それになんだ香水か? いい匂いがしてくる。とかさりげなく考えてしまった俺は変態じゃないだろうか?


「良ちんはさ、学校帰り?」


 彩美が小首をかしげながら聞いてくる。その仕草だけで俺の心臓を跳ねさせるには十分だった。

 いや落ち着け俺、そんなのにいちいち反応してたらそれこそ変態だそうだろ。

 そう、俺はただ単に昔馴染みの女の子とカジュアルに話をすればいいのだ。たったそれだけのこと、何をそわそわすることがある? ……ふ、ふう。


「お……おうそんな感じだろうか!」


「良ちん? な、なんか変……」


「え!? そうだろうか?!」


 何をそわそわすることがある、そうだろう? だから声をうわずらせるのをやめろ俺! 

 …………ふぅ。

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