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第3話 決別の決意

「や~っと思い出した! ひどいじゃんひどいじゃん、ウチはすぐにピ~ンと来たっていうのにさ」


「悪い悪い。昔のことだからすっかり記憶が飛んでたわ」


「むぅ!」


 とはいえだ、我ながらよく思い出したもんだ。十年近く前の記憶じゃ、彩美は当然もっと小さかったし、ギャル要素なんか微塵もない黒髪で色白で、そりゃあちょっと活動的ではあったけど。それでもここまで騒がしいやつだったか?


 改めて幼馴染を見る。髪は金、肌は黒。染めてるんだろうが似合っている。メイクは濃いがケバい感じはしない。ショートパンツに胸元は大きく開いているが、下品というほどではない。

 ……あんまり詳しくないがギャルとしてはオールドルックだと思う。


「な~んか失礼なこと考えてない?」


「……別に」


「ふ~ん。ま、いっか。ところでさ、これからヒマ? だったらちょっとお茶しないっしょ?」


「そりゃ構わないけど」


「おっけー。んじゃ早く行くべ」


 そう言って俺の手をとって強引に足を進めるのだった。

 こいつこんなグイグイくるようなタイプだったか? まあ十年近くも経ってるから性格も変わるか。


 いや、今はむしろこの位がいいかな。嫌な事忘れられそうで……。


 ◇◇◇


「へぇ、じゃあお前今この街で暮らしてんだ」


「そだよ。親が転勤族だからさ。んで今はここに住んでるってワケ」


 喫茶店に入り注文を済ませると、俺は彼女に身の上話を聞かされた。

 あの頃の引っ越し理由も、恐らくは親の転勤だったんだろう。

 ……だからか、彩美のコミュニケーション能力は転校の繰り返しの中で身に着けていったものって訳だな。十年も繰り返せば確かにこうも変わるのも納得だ。


 それはそれで、何でギャルになったのかという疑問もあるが……そこを聞くのは野暮だろうか? あんまり詮索するもんじゃないな。


「そっちは相変わらずのマンション暮らしなワケ?」


「そうだな住んでる所は変わっちゃいないが、親父の転勤が決まってな。それでお袋と二人暮らしになるはずだったんだが、親父と一緒に赴任先まで行っちまって今は俺一人だけだ」


「へえ、じゃあウチとおソロじゃん!」


 ん? どういう事だ?


「ウチも中学卒業してからは転勤について行くの止めて。で、昔住んでたこの街に一人で戻って来たってワケ」


「一人暮らしか? 年頃の娘なのに、親御さんよく許したな」


 俺がこいつの親の立場だったら、やっぱ心配で手元におきたくなるかもしれん。まあ、そりゃウザがられるかもだが。


「今まで転勤に付き合わせたからって、許して貰えたんだよねー。ほらこの店から見えるあのアパート、アソコが我がスイートホームなんです!」


「はっ、簡単に男に住所なんて教えるなよ。ちょっと脇がスカスカなんじゃないか?」


「いいのいいの! だって懐かしきウチの幼馴染じゃん。……ソッチは忘れてたみたいだけど」


 ジロリと睨まれた。


「悪かったな。昔の事は簡単に思い出せないんだ。だからお前の事もすっかり抜け落ちてたんだろうさ」


「ふぅ~ん。まっ、別にどーでもいっか。こうしてまた会えたしね」


「そうだな……」


 まさか再会するとは思ってなかったが、それもこんな明るい奴になってるなんてな。

 それからはスイーツが運ばれて来て、二人して食べるのに集中。

 その間はお互いの近況を話したり、昔話に花を咲かせていた。


「ところで、さっきの話だとこの辺りの高校に通ってるって事か?」


「そそ、って言っても~勉強してんのは夜だけどねぇ。昼間は働いてんだ」


「働くって、バイトか何かか? でもなんでまた」


「ほら、ムリ言ってこの街に戻って来たんだし、せめて生活費だけでも自分で稼ごうって思ったワケよ。ウチってイイ子じゃない?」


「自分で言うなよ……って言う所かもだが、むしろ凄いと思うぜ? 俺と同い年でそこまで考えてんの。だってそうだろ? 普通高校生ってのは、もっと勝手な生き物だ。バイトの金は全部遊び代につぎ込むのが大半だ。で、という事は親御さんはお前の生活に完全ノータッチなのか?」


「ううん、さっきもいったけどウチは生活費だけ。家賃とか水道代とかはパパが出すって。だからホントは、ウチもそんな偉いもんじゃないってコト」


 そうは思わないけどな、俺なんて一人暮らしって言っても金は全部親父持ちだから。そう思えばむしろ俺が情けない位だが。いや、本来高校生にそこまでの責任を感じる必要は無いんだろうが。


 それはそれとして、やっぱ年頃の少女のアパート一人暮らしはちょっと心配にもなる。


「余計なお世話かもしれんが、格闘技やってるようなゴツい彼氏でも作るんだな。あと簡単に男に住所を教えない事だ。変な虫に寄り付かれたくないだろ、お前も」


「心配性だぁ。でも大丈夫! ウチはこれでも身持ち? は固いつもりだし」


「いやつもりって……」


「それに、大体彼氏だなんだって聞くけどさぁ、良ちんはどうなワケ? 今カノいんの?」


「………………ああ」


「なんか暗くない? いるんでしょ? なのに全然楽しそうじゃないじゃん。あぁ、分かった。アレだ、今カノと上手く行ってない感じだ。喧嘩中ってヤツ?」


 ……鋭いなこいつ。喧嘩ってわけじゃないが、上手くいきそうにないのは全く否定出来ない。


「喧嘩にもならんさ、一方的に俺が逃げたんだ。だってよ、浮気だぜ? そんなもん見ちまってこれまで通りに仲良しこよしは無理だろう。ま、お前はギャルだしその手の修羅場は潜って来たかもしれないが……俺にはどうにも耐えられそうにない」


「いやウチだって浮気とか無縁だし。……でもそっか、浮気か。どうすんの? その彼女と別れたいってコト?」


「一緒にはいられないだろ。でも、正直どうしたいのか俺もわからん。だからこうやって逃げてるんだ」


「ふーむ、なるほどねぇ。じゃあさ、その彼女ってどんな人?」


「どんなって言われてもな……。ま、見た目は良い方だと思うぞ。スタイルはまぁ人によりけりって事で。性格は、物静かで天然で色々と鈍いやつ…………だったはずなんだけど」


 今となっては本当にそうなのか? そういう性格のやつが本当に浮気をできるのか?

 心理学者でも何でもない俺にそんな答えはわからない。でも、彼氏の目の前で見知らぬ男とキスをしてそれで何の動揺もしない。


「良ちんの目から見てイイ子だったんだ。でもホントのトコは違ったって感じ?」


「どうだろうな? 少なくとも彼氏優先の女じゃなかったんだろうな」


「ふ~ん、難しいんだ。でも、ま! 女の子は生まれついての女優って言うしね」


「そうだな。昔はおとなしめだった幼馴染がこうしてギャルに変身出来てるんだから、きっとそうなんだろう」


 目の前にしても、本当に本人かどうか信じられないぐらいだ。


「あ、引っかかる言い方しちゃって~。にしても失恋かぁ、ウチだったらスイーツ爆食いして忘れるかな?」


「太ってもしらねェぞ」


「女の子はスイーツを食べても太らないんダゾ!」


「はいはいそうかよ」


 傍から見たら取るに足らないような友人同士の会話でも今の俺には嫌なことを忘れるのにちょうどいい。まさかこいつにここまで助けられるとはな。


「さてと、これ以上お前の時間を拘束するのも悪い。ありがとよ。つまらない愚痴聞いてくれて、今日は楽しかったぜ」


「ふふ~ん、御礼はココ奢ってくれるだけでいいべ?」


「そんなんでいいのか? 二人合わせて二千円も掛からないけど?」


「いいのいいの! ウチも久しぶりに良ちんに会えて嬉しかったし。やっぱさ、幼馴染とまた会えるって嬉しいじゃん? ……だからさ、また遊びに行こうヨ」


「……ああ、そうだな」


 にしし、と笑う彩美に思わず俺も笑みが零れた。



 そうだな、いつまでもウジウジしたって仕方がない。ちゃんときっちりケジメをつけなきゃ、逃げてたって苦しいだけだ。転校できるわけでもないしな。


 そして、新しい恋を探してこれまでの日々を上書きしようじゃないか。

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