――翌日11時40分
リリスの両親がラインハルト家に到着したことをサラが知らせに来てくれた。
「先ほど、アドニス様が面会されてお話をされました。クレイマー伯爵夫妻がリリス様にお会いしたいそうです」
「もう、アドニス様はお話をされたのね」
アドニス様の話によると、リリスの両親はすぐにでも彼女を『マリ』に連れ帰るつもりらしい。
つまり、リリスとはもうすぐお別れだということだ。
「クレイマー伯爵夫妻は、今応接室にいらっしゃいます。アドニス様はリリス様にお姿をみられないように、隣のお部屋で待機しております。それに男性使用人は全員席を外しておりますので大丈夫です」
「分かったわ。ありがとう。サラ」
お礼を述べると、読書をしているアデルとリリスの元へ向かった。
「リリス、ちょっといい?」
「なぁに? フローネ」
アデルと一緒に絵本を読んでいるリリスに声をかけた。
「リリスにお客様がいらっしゃったの。一緒に会いに行きましょう?」
「え? 私に……? お客様って誰?」
リリスの目に怯えが走る。
「家族よ。リリスのお父様とお母様が来ているの。だから会いに行きましょう?」
するとリリスが首を振った。
「いや! あの人達嫌い! 会いたくない! 会いたくないの!」
「リ、リリス……」
どうしよう、まさか両親のことをリリスが拒むとは思わなかった。
「リリス、パパとママに会いたくないの?」
アデルが不思議そうに尋ねてきた。
「うん。だって、お父様もお母様も意地悪なんだもの」
リリスの目に涙が浮かぶ。
意地悪……? 私には少なくともリリスは両親から大切に育てられているように見えたけど、それは上辺だけのことだったのだろうか?
「でもね、私にはパパもママもいないんだよ。リリスが羨ましいな」
アデルの口から思いがけないセリフが飛び出してきた。
「え……そうだったの……?」
その言葉にリリスが目を見開く。
「うん、だからそんなこと言っちゃ駄目だよ」
アデルの言葉にリリスは一瞬うつむくとポツリと尋ねてきた。
「何処にいるの? お父様とお母様……」
「応接室にいらっしゃるの。私と一緒に行きましょう?」
「うん……」
リリスが頷いたので、私はアデルに声をかけた。
「アデル、少しリリスと応接室に行ってくるわ。サラと一緒にここで待っていてくれる?」
「うん」
「ありがとう、いい子ね」
アデルの頭をなでてあげると、私はリリスを連れて応接室へ向かった。
****
応接室の扉は開け放たれており、ソファに座るリリスの両親の姿があった。
「失礼いたします」
リリスの手を引いて応接室に入ると、お二人は驚いたようにこちらを見た。
「「リリスッ!!」」
両親に同時に声をかけられ、リリスの肩がビクリと跳ねて私の背後にさっと隠れてしまった。
「リリス……」
まさか、父親に怯えているのだろうか? そこで私は距離を置いたまま、二人に挨拶をした。
「お久しぶりです。フローネ・シュゼットです。この度は、ラインハルト侯爵家まで足を運んで頂き、ありがとうございます」
「フローネか……10年ぶりだったか?」
「そうね。あのとき以来かもね」
伯爵の言葉に、夫人が頷く。
「はい。そうですね」
あのとき……それは、勿論リリスが事件に巻き込まれたときのことを指している。
リリスが馬小屋で見つかった話を知った私はクレイマー家に招かれ……リリスと対面した。
そして、それっきり会うことは無かったのだ。
「リリス、迎えにきたわ。帰りましょう」
夫人がリリスに声をかけた。
「いや! 帰らない!」
「何を言っているのだ? 私達はお前を迎えに来たんだぞ? さぁ、帰ろう」
夫人に引き続き、伯爵が声をかける。
「フローネと一緒にいたい! だって、私を一番心配してくれるのはフローネだけだもの!」
「「!!」」
その言葉に伯爵と夫人が青ざめる。
やはり……そういうことだったのだ。恐らく、伯爵夫妻はリリスの心配よりも世間体を考えていた。
リリスの身におきた悲惨なできごとを無かったことにしようとしたのだ。
そんな両親をリリスは信頼することが出来ず……心と身体に受けた傷によって歪んでしまった。
「リリス……なんてことなの……」
「本当に心が子供になってしまったのか……」
「おじ様。おば様、どうかリリスの心に寄り添って頂けますか? 今のリリスに一番必要なのは愛情だと思うのです。リリスもそれを望んでいると思います。その証拠に……男の人を見て怖がるリリスが、おじ様に対しては平気なのですから」
生意気なことを口にしているかもしれないが、私はそう告げずにはいられなかった。
「……分かった。フローネの言う通りにしよう」
「ええ、約束するわ。リリス、私達と一緒に家に帰りましょう?」
夫人がリリスに声をかけるも、リリスは無言のままだった。
「リリス、御両親と一緒に『マリ』へ帰るのよ。アデルが言っていたでしょう? パパとママがいるリリスが羨ましいって。家族と一緒に暮らすのが一番幸せなのよ?」
リリスは少しの間私を見つめ、次に両親に視線を移す。
「帰ろう、リリス」
「もう、あなたを何処にもやらないわ」
「はい……」
リリスは、小さく頷いた――