え……?
あまりの突然の言葉に、一瞬何を言われているのか分からなかった。
「あ、あの……」
するとアドニス様が少しだけ困ったような表情を浮かべる。
「ごめん。いきなりこんな話をしても困るだけだね。だけど、今日フローネを買い物に誘ったのも、2人だけで出かけたかったからなんだ。いつもアデルの世話を一生懸命見てくれるフローネを労ってあげたかったんだよ」
「そ……うだったのですか……?」
「喫茶店で少し席を離れていた間に、フローネが姿を消してしまったときは本当にショックで……絶望的な気持ちになってしまった。その時に自分の気持にようやく気付いたんだよ。俺はフローネのことが好きだって。ずっとそばにいてくれないか?」
どこまでも穏やかな口調のアドニス様。
でも、にわかには信じられなかった。だって今まで私は……すぐに自分の都合の良いように物事を捉え……その分だけ、傷ついてきたからだ。
するとアドニス様が尋ねてきた。
「フローネ……返事を聞かせてくれないか?」
「アドニス様……私は……身分が低くて……貧しい男爵家の娘ですよ?」
「だけど、フローネは誰よりも気高いと思うよ? 何しろ、あのクリフに負けずに言い返したのだから」
「私が強くなれたのはアデルのお陰です。愛しい存在を守れるような強さを身に付けなければいけないと思ったからです。だから……私は、リリスを傷つけたクリフが許せなくて、身分をわきまえませんでした。それに、私は地味な外見です。とてもではありませんが美しいアドニス様には釣り合いません……」
駄目だ、アドニス様の言葉を勘違いしては……彼が私なんか選ぶはずがない。
私はもう二度と勘違いしないと心に決めたのだから。うつむき、膝の上に置いた手をギュッと握りしめた。
すると……。
「綺麗だよ」
「え?」
その言葉に、思わず顔を上げた。
「初めて会ったときから、フローネのことを綺麗だと思っていた」
私をまっすぐに見つめる瞳は嘘をついていない……と思いたい。
「実は、今だから言うけどね。結婚するなら、アデルを大切にしてくれる女性がいいと思っていたんだ。だから、祖父母がアデルのシッターを見つけたと聞かされたときからずっと興味を持っていたんだよ。どんな女性なのだろうって。そして、フローネを初めて見たときから……多分惹かれていたんだと思う」
「アドニス……様……」
本当に? その言葉を私は正直に捉えてよいのだろうか?
するとアドニス様は少しだけ困ったような顔を見せた。
「フローネ。もし誰か好きな人がいたり、将来を約束したような相手がいるなら正直に言ってくれないか? だったら俺は……」
「いません!」
「え?」
「好きな人も……将来を約束したような相手もいません! わ、私も……とても妹思いのアドニス様のことが……好きです」
「フローネ」
アドニス様は立ち上がると、私の前にひざまずいた。
「なら、俺と結婚してもらえないか? フローネとなら、幸せな家族を作れると思うんだ」
まるで夢のような言葉だった。
「ほ、本当に……私でいいのですか……?」
嬉しさのあまり、涙が目に浮かぶ。
「勿論だよ。フローネじゃなければ駄目なんだ」
アドニス様はハンカチを取り出し、私の涙をそっと拭うと頬に手をあててきた。
「好きだ……フローネ」
「私もアドニス様のことが好きです……」
アドニス様の顔が近づいてきたので、目を閉じると唇が重ねられた。
この日――
私とアドニス様は結婚の約束を交わした――