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2章 4 思い出とお別れ

葬儀も終わり、父のお墓の前でクリフが尋ねてきた。


「荷造りもあるだろうから、一週間後に迎えの馬車を寄越すよ。そのくらいあれば大丈夫かな?」


「そんなに荷物は無いので一週間もあれば大丈夫だと思うの」


「そうなんだね?良かった……。あ、そうだ。フローネは食堂とお針子の仕事をしてたよね? それも辞めて大丈夫だからね」


辞めて大丈夫……。つまり、やはりクリフは私を……?


「あ、ありがとう、クリフ……」


何と返事をすれば良いか分からなかったので、ありきたりな返事になってしまった。


「お礼なんか言わなくていいよ。それじゃ、僕はもう行くね。11時に迎えの馬車が着くようにするから」


クリフは私の返事に笑顔で手をふると、迎えに来た馬車に乗って帰っていった。

彼のお陰で、ほんの少しだけ生きる気力が湧いてきた。


「ニコルと私の分の荷物も荷造りをしないといけないわね。早く帰らないと」


もう、参列者たちはとっくに帰っていた。

最後に私は父のお墓に野花を添えると、足早に家へ向かった――



****


 そこからの一週間はとても忙しかった。

父を失い、ニコルと離れ離れになってしまった悲しみに浸る余裕も無いほどに。


私とニコルの分の荷造りを一人で行い、父の遺品の整理を行った。

引き取って貰えそうな家具は不動産屋さんに引き取ってもらい、生まれたときからずっとお世話になった家の大掃除をした。



家の片付けが終わると、次に働いていた食堂と洋品店に引っ越しをするために仕事を辞めさせて貰うことを告げに行った。

食堂の店長、それに洋品店のオーナーも私が辞めることを残念がってくれた。

その上双方のお店で、私は退職金という名目で僅かながらのお金を貰うことが出来たのだった。


そうだ、このお金はニコルの為に送金しよう……。

だって私よりもニコルのほうが今後はお金が必要になるだろうから。ニコルを引き取ってくれたブラウン氏に役立ててもらおう。


早速、その足で郵便局に行くとブラウン氏にお金を送金した。


そして全ての荷物整理が終わった翌日……迎えの馬車が来たのだった――



****



「そろそろ来る頃かしら……」


クリフを待たせてはいけないと思った私は荷物を全て家の外に出し、扉の前で迎えの馬車が来るのをじっと待っていた。


父の形見の懐中時計を見ると、時刻はそろそろ約束の11時になろうとしている。


すると遠くの方からガラガラと車輪の音が近づいてくるのが聞こえてきた。


「あ、迎えの馬車が来たのね」


じっと見守っていると、馬車はどんどんこちらへ近付き……そして私の前で停車した。

その馬車は今まで一度も見たことの無い馬車で、御者も私が初めて会う年配の男性だった。

馬車は私がたまに利用していた辻馬車に良く似ている。この馬車は……どう見てもクリフの馬車ではない。


一体どういうことなのだろう? てっきり彼が迎えに来てくれると思っていたの


「あ、あの……」


戸惑っていると、御者が声をかけてきた。


「あんたが、フローネ・シュゼットさんかね?」


「は、はい。フローネです」


戸惑いながら返事をする。


「それが荷物かい?」


足元に置いた、大きな2つのボストンバッグを指さした。


「はい」


「よし。2つだけなら一人で持てるな。乗せたらすぐに出発だ」


本当にこの馬車に乗っても大丈夫なのだろうか……? 

心配になったので思い切って、尋ねてみることにした。


「分かりました……。あの、ところでクリフはどうしたのでしょう?」


「え? 誰だって?」


この人はクリフを知らないのだろうか? 血の気が引きそうになる。


「クリフ・バーデンです」


「バーデン? ああ、そうだよ。バーデン伯爵家から、この家に住むフローネ・シュゼットを連れてくるように辻馬車に依頼が入ったんだよ」


「え……? 辻馬車に依頼……?」


やっぱり、この馬車は辻馬車だったのだ。だけど、迎えの馬車が辻馬車だなんて……。


「そ、そうだったのですね……」


心臓の音が激しくなってきた。

何故? クリフが迎えに来てくれるのでは無かったの? それに、辻馬車に私の迎えの依頼をしたなんて、どういうことなのだろう?


「ん? 大丈夫かい? お嬢さん、何だか顔色が悪いようだけど具合でも悪いのかい?」


「い、いえ。大丈夫です……」


すると御者台から男性が降りてきた。


「大丈夫そうには見えないな。荷物をいれてあげよう。依頼主からは丁重に扱うように言われているからな」


「え? そうなのですか?」


丁重に扱うように……その言葉に少しだけ救われる。


「ああ、その通りだ。ほら、馬車に乗りな」


「ありがとうございます」


促されて乗り込むと、御者は私の荷物を運び入れてくれた。


「よし、それじゃ出発するぞ」


「はい」


扉が閉められると、ほどなくして馬車は音を立てて走り始めた。

窓から顔を覗かせて、私は遠ざかっていく家を見つめた。


生まれたときからずっと、19年間住んでいた家。


ニコルの出産と同時に亡くなってしまった母の思い出。可愛い弟と、優しい父に囲まれて暮らした懐かしい日々。

今では眩しいほどに幸せな記憶の数々が走馬灯のように蘇ってくる。


「さようなら……」


遠ざかっていく思い出が沢山つまった家に別れを告げ、溢れる涙をそっと拭った――


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