「はい、こちらがお父様の1ヶ月分のお薬です」
薬局で父の薬を受け取る。
「ありがとうございます。おいくらになりますか?」
多めにお金を持ってきたけれども間に合うだろうか……? 不安な気持ちがよぎる。
「ちょうど7千ジュールになります」
「7千ジュール……」
口の中で小さく呟く。
「あの……大丈夫ですか? もしお金が不足しているなら、残金は来月に回してもよいですよ?」
薬局の男性が心配そうに尋ねてきた。この人は私の家の事情をよく知っているので気がかりになったのだろう。
「いえ、大丈夫です。ちゃんとありますから」
バッグから財布を取り出すとカウンターに7千ジュール置いた。
「……確かにありますね。ではお薬をどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
紙袋に入った父の薬を受け取ると、しっかり抱きしめて薬局を後にした。
「どうしよう……持ってきたお金を殆ど使ってしまったわ……」
店を出ると、思ったことが口をついてでてしまった。
念のために用意した、なけなしのお金。1万ジュールを持って出てきたが、まさかこんなに支払うことになるとは思わなかった。
「食料品も買って帰らないとならないし……帰りは歩くしか無いわね……」
ため息をつくと、食料品を買いにマーケットへ向かった。
マーケットで野菜と果物、香辛料。
それにチーズにベーコンを買うと、残金は千ジュールしか残らなかった。
辻馬車料金がギリギリ支払えるかどうかのお金だ。
「……贅沢は駄目ね。歩かないと」
意を決して、私は自分の家がある方向を目指して、歩きはじめた――
「え?」
町の中を歩きながら、辺りの景色を見つめていると偶然ある光景が目に飛び込んできた。
「クリフ……リリス……」
私の視線の先には、料理が美味しいということで有名なレストランがあった。そして窓の奥にはクリフとリリスが向かい合わせに座り、楽しそうに食事をしているのだ。
2人は、あのレストランで食事を……。
胸が締め付けられる。
だけど、あの2人は伯爵家。そして私は男爵位なのだ。元々対等で付き合える関係では無いのだから。
私は何も見なかったことにして、足早にその場を後にした――
****
家に着いたのは、正午を過ぎていた。
「ただいま、お父様。ニコル」
父の寝室を覗いてみると、案の定2人は一緒にいた。
「おや? フローネ。もう帰ってきたのかい? ゆっくりしておいでと言ったのに」
父が首を傾げる。
「お帰りなさい、お姉様。何かお土産買ってきてくれた?」
パタンと本を閉じるとニコル。
「ええ、リンゴを一つ買ってきたわ。今剥いて持ってくるから待っていてね」
台所へ向かおうとすると、父が声をかけてきた。
「フローネ、ちょっと待ちなさい」
「何? お父様」
「足をどうかしたのか?」
「え? 足?」
「なんだか引きずって歩いているように見えるが……怪我でもしたのか?」
心配そうな顔を向けてくる。
「いいえ? 怪我なんてしていないわ。気の所為じゃないの? それじゃ剥いてくるわね」
そして私は足が痛いことを悟られないように、普段通りに歩いて台所へ向かった。
本当は足の裏が痛くて堪らない。
長時間歩くには不慣れな靴で1時間も歩いてきたせいで、豆が出来て潰れてしまっているのだ。
だけど足の裏を怪我していることも、その理由も告げるわけにはいかない。
父の心臓は弱っている。これ以上余計な心配をさせれば父の死期が早まってしまうかも知れない。
だって……お医者様の話では今年1年持つかどうかわからない状況だと診断されているのだ。
そして、その事実を父も弟のニコルも知らない。
私だけが知っていること。
「お父様……」
リンゴの皮を剥いていると、悲しい気持ちが込み上げてくる。
私は涙をこらえてリンゴを剥くと、2人のもとへ向かった。
「はい、お父様、ニコル。ほら、リンゴをうさぎの形に剥いてみたのよ?」
「うわあ〜可愛い」
「これは美味しそうなリンゴだな」
喜ぶニコルと父。
「ええ、私はお腹が空いていないから2人で食べて?」
「ありがとう!」
「本当に……いいのか?」
ニコルは早速リンゴを口に運び、父は申し訳なさそうに私を見る。
「ええ、いいのよ。あ、そう言えば聞いて。クリフが来週ね……」
私は2人に今日の出来事を話す。……勿論真実と嘘を折り曲げて。
私の話を楽しそうに聞く2人。
どうか、神様。
今の時間が少しでも長く続きますように……。
そう、願わずにはいられなかった――