町の中心部にある広場の前には様々なお店が建ち並んでいる。
私達が待ち合わせをしたのは、若者たちの間で人気のある喫茶店だった。店の外には丸テーブルと椅子が並べられ、パラソルが立てられている。
そして、そのうちの一席にクリフの姿が見えた。
「いたわ! もうクリフが待っているわ!」
つい嬉しくて、大きな声を出してしまう。
「フフフ、フローネったら。随分嬉しそうね」
「そ、そう? 別に普通だと思うけど」
自分の気持ちを誰にも知られるわけにはいかない。もしクリフが好きだということが知られてしまえば、私達の関係は終りを迎えてしまいそうだったから。
クリフのいる店の前で馬車が止まると彼は笑顔で立ち上がり、自ら扉を開けてくれた。
「やぁ、リリス。フローネ、待ってたよ」
笑顔で手を差し伸べてきた。
「ありがとう、クリフ」
彼の手を取ってリリスが降りると、次は私が手を借りて馬車を降りる。
リリスが御者に2時間後に、この店に迎えに来るように説明している間にクリフが話しかけてきた。
「一ヶ月ぶりだね、フローネ。元気にしていたかい?」
「ええ、元気だったわ。ただ、お父様の具合があまり良くないの」
「そうなのか……少しでも良くなってくれるといいけど」
クリフが悲しげな表情を浮かべる。
「クリフ……」
私は背の高い彼を見上げた。
ブラウンに青い瞳のクリフはとても美しい。彼の瞳に私が写っているというだけで、自然と鼓動が高まってくる。
「お待たせ、クリフ。フローネ」
御者に言伝を終えたリリスが声をかけてきた。
「よし、それじゃ皆で注文しよう。2人は飲み物でいいのかな?」
椅子を引いてくれるクリフ。
「ありがとう、クリフ」
リリスが先に座ると、次にクリフは私のためにも椅子を引いてくれた。
「ありがとう」
私はいつもリリスを優先している。
いくら幼なじみと言っても、リリスは伯爵令嬢。けれど私は名前だけの貴族……しかも男爵位だから。
それにクリフも伯爵家の令息。自然と2人には遠慮してしまう自分がいる。
だからなのだろう。
父もニコルも私が2人に会うのを、あまり良く思わないのも。
「2人は飲み物でいいのかな?」
メニューを差し出しながらクリフが尋ねてくる。
「そうね……どれがいいかしら……」
リリスは真剣な目でメニューを眺め、私も脇からそっと見つめる。
……どれもとても高かった。ここは貴族御用達の喫茶店なのかもしれない。
私の1日分の給金に匹敵する高さだ。
すると、私の気持ちに気づいたのだろう。クリフが声をかけてきた。
「フローネ。誘ったのは僕だからお金の心配はしないでいいよ。僕が皆の分を支払ううから」
「え……でも……」
「そうよ、クリフの言う通りよ。遠慮することないわ」
リリスが私を覗き込んでくる。
「そうね……なら、飲み物は……」
「ねぇ、フローネ。あなたは食べ物にしたら? 食費にも気を使って、ろくなものを食べていないんじゃないの?」
「え!? そ、それは……」
確かに事実ではあるけれども、羞恥で顔が赤く染まる。
「そうだね、それじゃフローネは食事にしよう、どれがいい? リリスは確かココアが好きだったよね。僕はコーヒーにするよ」
2人は飲み物だけなのに、自分だけ食べ物というのは気が引ける。
「私も飲み物だけでいいわ」
すると2人が反論してきた。
「駄目よ、遠慮しちゃ」
「うん、そうだよ。決められないなら僕が選ぶよ」
「え? クリフが……?」
「あら、男の人が選ぶものじゃないわ。私が選ぶわよ。このパンケーキセットはどうかしら? 生クリームにラズベリーソースがかかっているんですって」
「そうだね。これがいいかもしれない。リリスはセンスがあるね」
リリスが選んでクリフがセンスあると言うなら、このメニューにしたほうが良さそうだ。」
「ええ、なら……これにするわ?」
「それじゃ、注文しよう」
クリフが注文の為に店の中に入ると、リリスが話しかけてきた。
「それにしても、最近クリフったら素敵になったと思わない?」
「え? ええ、そうね」
「頭も良いし、当主になるための勉強も頑張っているようだから応援してあげなくちゃね」
そこまで話した時、クリフが戻ってきた。
「何? 2人で何の話をしていたの?」
「クリフが素敵になったって話をしていたのよね? フローネ」
リリスが笑顔で私を見る。
「え、ええ。そうね」
「そんな話をしていたの? 恥ずかしいな……」
クリフは顔を赤らめた。
そんな姿すら、私にはとても素敵に思えた――