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第486話 ユニオン対抗戦Ⅲ:本戦三回戦⓾

 躱せはしたが、完全にとはいかなかった。

 左肩が大きく抉れており、ステータスをチェックするとエラーを吐いている。

 操作してみたが上がらくなった。 


 武装は予備の突撃銃とハンドレールキャノン、後は脇に吊っている自動拳銃だけ。

 ジェネレーター出力にもあまり余裕がない。 勝負を決めに行くとしたらここだろう。

 片手で銃弾をばら撒きながら凍り付いた湖へ。 敵機は当然、追いかけてくる。


 ちらりとレーダーで地形を確認。 もう少しだ。

 敵機の銃撃を必死に凌ぎながら目当ての場所を通り過ぎる。

 あと数歩――ここだ。 敵機が狙った位置に来た所で突撃銃に取り付けている榴弾砲を発射。


 直接は狙わない。 本命は足元だ。 バキリと氷が砕ける。 

 マルメルは早い段階で足場を崩す事を狙っていた。 折角、同じ場所を何度も通過するのだ。

 罠を仕掛ける余地は大いにあった。 あの重量の機体だ。 


 バランスを完全に崩してしまえば立て直しは容易ではない。

 そこをハンドレールキャノンで一撃。 マルメルは突撃銃を投げ捨てて銃身を展開。

 これを外すと後がない。 爆炎で目視は出来ないが確実に踏んだのは分かる。


 「これでどうだ!」


 発射。 弾体が狙いを過たずに敵機の胴体らしき場所を射抜く。

 やっ――てない!? 手応えがない。

 弾体により視界を遮るものが吹き払われたが、そこには敵機の姿はなかった。


 ――何処に行った!?


 一瞬、探し――ふと上を見た瞬間、視界一杯に前足を振り上げながら落下してくる敵機の姿が見えた。

 咄嗟に躱そうとしたが、ハンドレールキャノンを撃った後なのでエネルギーウイングに回せない。

 どうにもならなかった。


 「あぁ、クソ」


 グシャリ。 マルメルは落下と同時に振り下ろされた前足に踏み砕かれた。



 目の前の光景を例えるのならどうするべきだろうか?

 モタシラはぼんやりとそんな事を考えた。 嵐? 的を射ているかもしれない。

 対峙している相手――ふわわの凄まじい猛攻は俯瞰で見ればそうとも捉えられる。


 実際、第三者であったのならモタシラもそんな感想を漏らしたかもしれない。

 だが、目の当たりにして得た、最終的な感想は『獣』だ。 

 彼女は凄まじい気迫、殺意と言い換えてもいいそれを纏わりつかせながら自分を殺しに来ている。


 ゲームだと言うのに圧し潰されてしまいそうな錯覚すら覚えるのは凄まじい。 

 だが、彼女の狙いは別にあるとモタシラは考えていた。 確かに凄まじい圧だ。

 大抵の者なら委縮してしまいそうな濃密な殺意。 恐らくこれはモタシラから何かしらの感情を引き出そうとする動きと彼は判断していた。


 だから、この殺気の本質は威嚇に近い。 感情を引き出そうと感情的になる。

 そういった意味でも彼女の取った手は悪手と言っていい。 

 袈裟の斬撃を紙一重で躱し、小太刀による刺突を太刀で巻き取ろうとするが即座に引いてフェイント。 本命は首を刈り取る横薙ぎの一閃。


 こちらも僅かに下がって躱す。 見える。 

 モタシラの剣は合理の剣。 最小の動き、最小の攻撃、最小の防御。

 その三つを以って敵を制する。 対するふわわの剣は非合理にして享楽。


 圧倒的ともいえる才覚によって成立する反応とそれを支える戦闘に関する嗅覚。

 感覚的に何処を斬れば相手が死ぬのかを理解している動き。

 才能、才覚。 そんな陳腐な言葉はあまり好きではなかったが、彼女にはそれが間違いなく宿っている。 


 少なくとも手が豆だらけになり、剣と一体化したのではないかと思えるほどに振って来た自分がこの程度なのだ。 

 同じ内容の修練を積んだのなら間違いなく敗北しているだろう。


 だが、今ならば充分に勝てる相手だ。 

 モタシラは無心に自らの内に意識を沈め、構えた刃の切っ先に全てを賭ける。

 勝敗、栄光、未来。 そうする事で見えてくる世界があった。


 袈裟の一撃、躱す。 小太刀による刺突、今度は巻き取って跳ね上げる。

 どうやらこれを狙っていたようだ。 こちらが下がる事を見越して大きく踏み込んで来る。

 同時にこちらも下がった。 タイミングは確かに完璧だ。


 上段からの振り下ろし、これは躱す事も巻き取る事も難しい。

 だが、難しいだけだった。 非合理の一撃だが、モタシラには良く見えている。

 キンと済んだ音が響く。 流石のふわわもこれには驚いたようで小さく声を漏らす。


 モタシラは特別な事はしていない。 ただ刀をそっと立てただけだ。

 その結果、切っ先が振り下ろされた刀の中心に当たっただけの事。

 モタシラはその間に小さく息を吸って吐く。 そして握る柄に僅かに力を込めた。 


 ズルリとふわわの太刀が縦に真っ二つに割れたのだ。

 モタシラは僅かに刃を捻るとふわわの刃が砕け散る。

 これは不味いと判断したのかふわわは大きく背後に跳んで距離を取り、残った太刀に手を伸ばしたがもう充分だった。 



 面ではなく点で止められた。 流石にここまでの精度で太刀筋を読まれた事は記憶にない。

 ふわわは非常に追いつめられていた。 

 相手から望む反応を引き出せなかった事で焦っていたのかもしれない。 


 強いのは確かだ。 それ以上に理解ができなかった。

 もしかしたら自分はこの得体の知れない剣士に恐怖を抱いていたのだろうか?

 だから――こんな事になったのだろうか? 


 太刀を砕かれた以上、残された攻撃手段はナインヘッド・ドラゴンのみ。 

 まだ見せていないこれで――距離を取って抜刀の時間を稼ぐつもりだったのだが、目の前にはモタシラの刃の切っ先。 恐らく、下がったタイミングに合わせて踏み込んで来たのだ。


 完全に意識の隙間を突いた挙動に反応が出来ず、自らを貫く刃を黙って見ている事しかできなかった。




 ――マジかよ。


 ヨシナリは思わず内心でそう呟く。


 マルメル、ふわわ、シニフィエ、ホーコートの反応がロスト。

 どうやらやられてしまったようだ。 対する敵の損耗は一機。

 ホーコートが道連れにした事で撃破したようだ。 他の敵機は特に動かずにその場で待機。


 本当に一対一だけで勝ちを捥ぎ取るつもりのようだ。 舐めやがって。 

 だったらその余裕を利用してこの状況を引っ繰り返してやる。


 『はっはぁ! どうした!? 逃げ回ってばかりでは勝てんぞ!!』


 カカラの声がうるさい。 そんな事は分かってるんだよ。

 さっきから時間をかけて観察してきたのだ。 そろそろ情報も出揃う。

 意地でもこの状況を突破して逆転してやる。 


 ヨシナリはそう自分を鼓舞するようにアバターの向こうで拳を握った。

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