湖の中央にはアリスが派手にレーザーやプラズマ弾をばら撒いてグロウモスを抑えつけている。
東側の少し離れた位置でふわわがモタシラと交戦中。 南ではベリアルが平八郎と派手に戦っている。
西側ではシニフィエとホーコートがそれぞれ交戦中だが、恐らくこちらは時間の問題だろう。
これで九機。 残りは反応がないので身を隠して何処かに潜んでいるようだ。
恐らくは他がやられるまでは動かないだろう。 裏を返せば撃破に成功した奴に嬉々として襲い掛かる態勢を取っているとも言える。
『おいおい、俺を目の前にして考え事とは余裕だな!』
アドルファスがライフルを連射しながらドローンと共に畳みかけてくる。
しかもご丁寧に他のメンバーの戦闘に干渉しないように何もない場所に誘導しようとしていた。
「うぜぇ」
総合力で劣る『星座盤』が『烏合衆』に勝ちたいのなら連携での各個撃破が望ましい。
それは開始前にヨシナリも言っていた事で、なるべく固まって動くという方針だったのだ。
逆に『烏合衆』は一対一のデュエルでの各個撃破。 狙いが完全に噛み合っていない。
それをどうにかする為にも徹底していたのだが、カカラとアリスが居る以上、こうなる事は避けられない。 ユウヤとしてはどうにかできればと思ってはいたが、内心でこうなる事はぼんやりと察していたのだ。
だから比較的、楽な奴と当たる事を祈っていたのだが、あまり相性の良くない相手を引いてしまった。
時間をかければ勝てない相手ではないが、時間をかけすぎると他が沈む。
この勝負はどれだけ味方を生存させるかが勝敗に直結するのだ。
――早めに決めに行くしかない。
焦りはミスを生むので、いい傾向ではないが今のユウヤには他に選択肢がなかった。
――はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――
ホーコートは喘ぐように呼吸を繰り返す。
息が荒い。 アバターなのに、仮想の肉体なのに緊張感で圧し潰されそうだった。
目の前には緑を基調とした機体。 四角い箱をすっぽりと被ったような、既存の機体に当て嵌まらないデザイン。 ジェネシスフレームだ。
プレイヤーネーム『フェボル』。 機体名『ザンクアリウム』。
情報は事前に貰っていたので何をしてくるのかは知っていた。
戦闘能力はAランク帯で言うのなら低い方なので比較的、いい相手と当たったと言えるのかもしれないが、それでも上位のランカーだ。 技量では天と地ほどの差がある。
フェボルの特徴は自分で戦わない事にある。
彼は様々な種類のドローンを操る事で数で圧し潰す事で勝利を捥ぎ取るプレイヤーだ。
本来なら身を隠して間接的に仕掛けてくるのだが、今回は姿を晒している。
舐められているとホーコートは思ったが、実は別の理由があった。
この『烏合衆』でのルールは獲物の横取り禁止。
つまり他の戦場に逃げられる事はあってはならない。
その為、身を晒して敵をその場に繋ぎ止めなければならなかったのだ。
相手の事情を知らないホーコートとしては舐められていると解釈するしかできなかったのだが、性能差と実力差は覆しようがなかった。
――お、落ち着け、先輩達の言葉を思い出せ……。
まず、ホーコートに求められているのは生き残る事だ。
連携が取れる場面であるなら近くの味方に合わせた動きを意識。
そうでないのならとにかく逃げ回って生き残る事を念頭に置いて行動しろ。
――お前は貴重な戦力だ。 だから簡単に落ちてくれるな。
ヨシナリはそう言ってホーコートに頑張ろうなと声をかけた。
あぁ、先輩。 俺、頑張りますよ。 こんなどうしようもない俺を見捨てずに根気強く使ってくれてるんだ。 どうにか期待に応えたい。 見直したと言われてみたい。
こんな時、ホーコートの大好きな漫画やアニメなら覚醒からの大逆転が起こるのだが、これは現実なのでそんな都合のいい事は起こらない。
少なくともこの状況を打開する為には何らかのスペシャルな手段が必要だ。
そしてその可能性だけは彼の手の中にあった。
幸いにも周囲には誰もいない。 リプレイ映像で何か言われるかもしれないが、何もできずに沈んで失望される方がホーコートにとっては辛かった。
――だから――
分かっている。 これは絶対に良くないものだ。
先輩達もいい顔はしない。 それでも勝ちたい。 胸を張れる結果が、成功体験が欲しい。
「――先輩、すんません」
呟くように謝罪を口にし、前回の試合では使えなかったが今度こそ魔法の呪文を口にした。
「わたしは囚われた哀れな虜囚。 牢獄の格子窓から天を仰いだ時、雲が開き神の姿を見た」
起動キーワード確認。
プレイヤー『ホーコート』のインストールMODの制限解除、及び限定アップグレード開始。
人格欠損防止の為、自我、及び思考を制限。 作戦目的『敵性トルーパーの完全撃滅』
ローディング――完了。
フェボルは小さく溜息を吐いた。 何故なら外れを掴まされたからだ。
ルールは一人一殺。 『星座盤』は合計で九人。 一人余るのでじゃんけんで待機する者を決め、後は出くわした物が早い者勝ちで取れるといった形だった。
フェボルの機体はあまり足が速くなかったので湖を越えて来たプレイヤーを待ち構える形を取ったのだが、現れたのは低ランクの二人。
プラスフレームだったのでこちらを選んだのだが、期待外れもいい所だった。
右への旋回とそこから派生したアタックモーションは悪くなかったが、攻撃の起点となる動きが全く同じなのでそこを狙えば攻略は非常に簡単だ。
正直、攻撃のバリエーションが少ないエネミーを相手にしている気持ちにすらなった。
彼の機体――ザンクアリウムは四種類のドローンを操る事で攻防をこなすテクニカルな機体だ。
実体弾、エネルギー及びレーザーガン、シールド、ブレードの四種。
それを各四基。 合計で十二のドローンを操って戦場を制圧するのが、彼の戦い方だ。
戦闘開始から数分も経っていないが、もうホーコートはほぼ詰んでいた。
右旋回は初見では少し面食らったが、もう起点の見極めは済んだ。
次辺りで仕留めるか。 そんな事を考えながらドローンを操作。
本気を出せば十基まで同時運用できるが、ホーコート程度なら二基で充分だった。
――萎える相手だ。
片付けてフィールドの隅で休憩でもしているかと考えていると不意に変化があった。
『わたしは囚われた哀れな虜囚。 牢獄の格子窓から天を仰いだ時、雲が開き神の姿を見た』
――?
ホーコートが訳の分からない事を口にしたからだ。